※一期最終回捏造
俺は、使い捨ての猟犬だ。幸い、今の飼い主は優しいが、その前は俺を蔑むことしかなかった。三係から一係に配属されて、俺は執行官落ちした狡噛と話すことが多くなった。何故だか、狡噛といると落ち着く。
「またトレーニングしたのか?」
狡噛の鍛え抜かれた肉体を俺は盗み見た。なんと言うか、狡噛のことが恋愛的にも性的にも気になる。こんなのは、初めてだ。
「熱視線も悪くないな」
「……あっ、ごめん」
狡噛はタオルで水分を拭き取ると、揶揄するように言った。あまり、狡噛には知られたくない。俺の気持ち。
俺の隣に座ると、狡噛は俺に触れた。突然の接触に、俺は身体を震わせた。
「なにするんだよ、狡噛」
冗談半分で言ったが、狡噛の顔は、獲物に飢えた肉食獣そのものだった。
「狡噛……」
「俺が欲しいか、なまえ?」
ギラギラと、狡噛に問われると、肯定するしかなかった。
「欲しい……俺、狡噛のことが……好き」
伝える筈のなかった気持ちを吐露すると、狡噛は噛み付くようなキスをした。唾液が混ざり合って、なんだか変になる。
「なまえ……いいか?」
……うん、と俺は頷いた。その夜、俺と狡噛は繋がった。
狡噛とはそれから付き合うことになった。今まで誰とも付き合ったことのない俺にとっては、全てが真新しい。
でも、仕事柄、休息は難しい。しかも、槙島が姿を現した。佐々山さんの仇を討つ狡噛は、段々と殺気立っていた。俺が狡噛の部屋に行く回数も、減った。
「狡噛……俺を見てよ……」
狡噛は槙島しか見えていない。なんとなく、嫉妬を覚える。それに、狡噛は禾生局長から色々言われた後だ。
はあ、と溜め息を吐くと、狡噛からコールが鳴った。
「なまえ、ちょっと来てくれ」
狡噛に言われて、俺は外に出た。そこには、首輪を外した狡噛がいた。
「刑事を……辞めるのか?」
狡噛が刑事に誇りを持っているのは知っている。
「ああ、槙島を殺すためにな」
確かに、槙島はドミネーターで裁けない。仇を討つには、殺害しかない。
「なら、どうして俺を呼んだの?」
「一緒に……来てくれないか?」
「俺に槙島を殺せ、と?」
「槙島を殺すのは俺だ。ただ、なまえならこちら側に来ると思った。首輪を外して、自由に生きたくないか?」
「逃亡しろ……と」
執行官の逃亡は、ままあることだが、必ず執行される。だけど、狡噛なら逃げ切れる気がする。
縢の不可解な失踪に、狡噛を邪魔者扱いする局長。多分、狡噛は失望したのだろう。シビュラの作る、正義に。
今の一係は、縢がいなくなって、槙島が逃亡したこともあって、ぎすぎすしている。狡噛同様、俺も上層部に嫌疑を持っている。
「俺も……連れていって」
俺は意思を伝えるため、生活には欠かせない端末を捨てた。
よし、と狡噛は俺の頭を撫でると、キーを見せた。
「それは?」
「とっつぁんがくれた。警視庁時代のものらしい」
征陸さんのセーフティハウスには、宜野座さんとの思い出が詰まっていた。狡噛は部屋を探索すると、リボルバー式の拳銃を見付けた。
「これなら、確実にあいつを殺せる」
拳銃は一丁だけだったため、狡噛は俺にナイフを手渡した。
「これからなにがあるかわからない。持っておけ」
潜在犯だけど、実際に犯罪を犯したことはない。しかも人殺しなんて。でも、生き延びるために俺は、ナイフを忍ばせた。
槙島の動きを掴むために、狡噛は雑賀先生のところに立ち寄った。バイクの二人乗りは、爽快だった。
「おいおい、物騒なもの持っているな」
「わかりますか」
「リボルバーだな。そっちも隠し持っているな」
雑賀先生は狡噛と俺が持っている得物を言い当てた。雑賀先生から熱いコーヒーを貰って、俺は座った。
食事をしながら、二人は槙島がこれから行うことについて議論していた。俺は早々に食べ終わると、議論を聞くことしかなかった。
正直、狡噛が俺を連れていってくれた意味がわからない。俺には、二人のような高等な議論は出来ない。ただ、ぼんやりと会話を聞くしかない。
槙島を殺すなら、狡噛一人で十分だ。二人の会話はやがて槙島の目的に移った。
狡噛をちらりと見たが、意識は俺に向いていない。どうせ、と俺は卑屈になって、玄関に向かった。
――どうして。俺が憐れだったのか? どうせなら、一係と同じく捨てればよかったのに。
この扉を開けば、狡噛と別れることが出来る。だけども、もう俺には居場所がない。公安に戻っても、殺されるだけだ。だからと言って、一人で放蕩生活を送るのは無謀だ。
「……はあ」
俺は溜め息を吐くと、玄関から居間に戻った。結局、俺に狡噛から去る選択はなかった。
「やっぱり戻ってきたか」
「狡噛……。俺を、試したのか?」
「なまえの気持ちを確かめるために」
酷い、と思った。俺には狡噛しかいないのに。
「……すまなかった」
俺の気持ちを見透かしたように、狡噛は言った。
「悪いと思うなら、俺を除け者扱いしないでよ」
俺だって、狡噛の役に立ちたい。
狡噛は雑賀先生と俺を入れて、槙島の新たな計画を知った。槙島が狡噛と似ているなら、きっとバイオテロを行うだろう。
夜になって、俺も雑賀先生にお礼を言った。
「狡噛の助けになってありがとうございます、雑賀先生」
「狡噛のストッパーはお前さんだ、狡噛を頼むよ」
バイクは穀倉地帯の工場に向かう。狡噛は農林相の自宅に行ったが、既に槙島に殺されていた。
「それは?」
「俺からのメッセージだ」
狡噛が死体に放った、一係に向けたもの。これは、一係との駆け引きでもあるんだ。
それから穀倉地帯を慎重に歩けば、予想よりも早く、一係が来た。
狡噛と話す常守さんは、以前とは違う気がした。
「公安が電源を落とす。その間に、行くぞ」
電源が落とされ、狡噛はドローンを踏み台にして向こう側に行った。俺もなんとか、門から入ることが出来た。
「槙島に人質にされた場合は、そのナイフで抵抗しろ」
置いていかれるかと思った。でも、狡噛は俺を置いていかなかった。
どこかに槙島がいる筈なのに、俺は嬉しくて、微笑んでしまった。
槙島はどこに潜んでいるかわからない。俺は狡噛と離れず、ナイフを構えたままだ。
広い工場を歩いていると、なにか大きな音がした。気になったのでそちらに向かうと、宜野座さんと征陸さんが血にまみれていた。近くには、槙島がいた。こちらには、気付いていない。そっ、と逃げようとした。
「……君が、狡噛の恋人かな?」
――気付かれた!
槙島は俺に、剃刀を向けている。俺も、ナイフを向けた。
「――待て!」
狡噛の声と銃声。しかし槙島は怯むことなく、走った。
「……とっつぁん!」
狡噛は怒りや悲しみをこらえて、槙島の方へ行った。俺もなんとか付いていこうとする。
「来るな、なまえ! これは俺の問題だ!」
――ああ、やっぱり俺を置いていくのか。
でも、俺は槙島に殺されても、狡噛の側にいたいんだ。
気付かれないように、俺は二人の戦いを見守っていた。接近戦は狡噛が有利となり、槙島の血が流れた。
と、常守さんが二人をグレネードで止めた。不利な槙島は、どこかに逃げたようだ。もしかしたら、俺は常守さんに執行されるかもしれない。
「みょうじくん、今は槙島の確保が最優先。貴方の処遇については、問いません」
「なまえ……いたのか」
常守さんには執行されなかった。俺は立ち上がると、狡噛に言った。
「槙島を捜そう。俺を甘く見ないでくれ、狡噛」
狡噛の力になりたいから、俺は付いてきた。
常守さんがリボルバーを持って、槙島を捜すことになった。常守さんの掲げる信念の下なら、俺も使い捨ての猟犬ではなくなる。
すると、槙島の運転するトラックが走った。なんと常守さんはトラックにしがみついていた。俺は走ったが、トラックには追い付けない。常守さんはリボルバーで、トラックを止めることに成功した。
狡噛と共に向かうと、常守さんは怪我をしていた。槙島は、麦畑に逃げ込んだらしい。
常守さんを麦畑から出した後、狡噛は俺に言った。
「これ以上、俺に関わるな」
……わかっていた。最初から、狡噛と槙島しか相容れない世界だと。それでも、俺は。
「……わかったよ」
狡噛が槙島を追い掛けると、俺は狡噛を追った。嫌だ、狡噛がいなくなるなんて。嫌だ、俺を置いていくなんて。
麦畑に夕陽が落ちて、俺は、狡噛を見付けた。
狡噛は、槙島に銃口を向けていて――俺は、銃声を聞くしかなかった。
「殺したの……狡噛?」
「なまえ……。来るなと言っただろ」
「嫌だ! 狡噛から離れたくない! これから狡噛はどうするの? 俺は、ずっと狡噛の側にいる!」
俺は涙を流しながら、狡噛に近付いた。
「俺に自由が待っている、って言った癖に!」
「……来るな、なまえ。それ以上来たら、撃つぞ」
「……いいよ」
俺と狡噛の間に距離はなくなった。吐息が聞こえる距離で、狡噛は俺に銃口を向けた。
「狡噛がいないなら、生きる意味なんてない。最後に一緒にいられて、嬉しかったよ」
……ほら、早く殺してよ。
狡噛は苦悶の表情を浮かべると――俺にキスをした。
「殺せる訳ないだろ、なまえ」
「じゃあ……」
「なまえを殺すくらいなら、俺も一緒に死ぬ覚悟だった。でも、まだやるべきことがある。心中は、なしだ」
――とてつもなく、不幸だ。だけど、狡噛と不幸を共有しているのはとても気持ち良い。
ああ、これからもずっと不幸なまま一緒だよ。
俺は狡噛に微笑んだ。この不幸を背負って、狡噛の手を握った。
もう、狡噛からは離れないよ。
この不幸はふたりのもの