第2回 | ナノ
 みょうじなまえという女は宝石がすきだった。
痛々しい程輝き、透き通るようなその色使いがすきなのだと、そう言った。
しかし宝石をどうして集めているのか、と聞けば趣味だから、と言った。
それは正にシュビラに飼いならされた人間の考え方、或いは自己の欠落。
縢はそういった人間に対して興味のあるないがはっきり分かれるものだったが、みょうじなまえという女に対しては興味でもなく、むしろ懸念に近い感情を抱いていた。


 べっとりと床に血の付いた裏道を走っていた。
公安のジャケットは泥でまみれ、足にこびりつく血が固まって異物感がぬぐえない。
私の人生を揺るがすような事件に関わってしまった、と刑事である責任感を忘れ、自分の安全について私の脳内では論争が巻き起こっていた。

ある程度まともな人生を送ってきたと自負していた。
色相が濁ることはほとんどなく、クリアカラーの部類で、学生時代の成績だって中の上に入っていた。
職業判定のいい適性が公安局しかなかったのには少しばかり驚いたけれど、それしか出なかったということは私の運命は公安にあるのだと、そう思った。

現実を甘く見過ぎていたとしか言い様がない。
公安局には自分より優秀な刑事がごまんといて、いい成績は全くおさめられなかった。
それでも二係に配属されて、忙しい毎日を送っていてもサイコパスはそんなに濁らなかったのが救いだろうか。

走馬灯のように公安のことが頭をよぎる。
自分が怪我をしているわけではないが、目の裏にこびりついた年上の部下の死が何度もフラッシュバックするせいだ。
それを紛らわすように他の事を考えようとしても、何度も何度も刺された執行官の映像が生々しくて、叫びそうになった。
興奮剤を使っていたせいで腕の血をまき散らしながら逃亡中の潜在犯。撃たれた後の千切れた胴体。
その映像も簡単には消えない。

 「ああ、もう!」
公安局なんか入らなきゃよかった。
私は飛び散った血を追いかけて前線に居る執行官に連絡を取ろうと腕を出した。

「うあああああああああああっ」

瞬間、真横の通路から走ってきた男が私の脇腹を血がついたナイフで突き刺した。
えっ、と感じるより早く、目の前にあった血走りの眼球が真横を向いて、その後爆発するように男の体が吹き飛んだ。
全く状況理解ができない私に代わって合同捜査中の一係の執行官の男がうわ、と声を上げた。

 「あっぶねぇ、弾当たってねぇよな?」
オレンジ頭の執行官はドミネーターを下しながら、多分返り血で真っ赤な私を見て平然と会話をした。
その能天気な顔を見ていると、突然脇腹の痛みが鋭く襲ってきて、私は蹲りながら脇腹を抑え込んだ。

脇腹に刺さったナイフは先ほど部下の執行官を刺していたナイフで、私は逃亡中の潜在犯が脇道から飛び出してきて、その攻撃を受けたのだと理解した。

「え、ちょっと!マジで当たってた!?やっべ、責任問題とかなったらどうしよ」
オレンジ頭は驚きの表情のまま、救護ドローンの手配を要求し始めた。

油断を、していた。
まさか横の道に居るとは思わなかった。
この執行官に追いかけられて撒こうとしていたのだろう。
不運だ。道連れに選ばれたとでもいうのか。

「ねぇ、もしかして、刺されてます?」
血だまりを踏みながら私の近くに来たオレンジ頭は、男の手にナイフがないのを不審に思ったのか蹲って腹を押さえている私の手をどけた。
「マジ……!?大丈夫?!」

初対面だが、執行官である私に流石に同情したのか慰めの言葉をいくつか救護ドローンが来るまでかけてくれた。

「死ぬかと、思った」
そう呟けば、縢と名乗った執行官は真顔になった。
「ある意味私の恩人ね、貴方」
「死ぬかもしれなかったから?」
「そう」
「じゃあなんかお礼してくれる?」
「お礼?」
救護ドローンに担架へ乗せられながら、私は包帯を巻かれた脇腹を見てお礼を考えていた。
「あ、今俺のダチがさ、結構重要な事件追ってるから、それの手伝い終わるまで動けないんだ、俺」
縢という執行官はすこし微笑んだ。
「わかった、それ終わったら会いに行かせてよ」
「俺監視官サマに気に入られちゃったー?」
その顔を見た瞬間、なんだか生きている実感を感じて、私はなんだか胸の動悸を抑えきれなかった。



運命は優しかった、誰がなんと言おうと。

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