第2回 | ナノ
※現代パラレル


 よく晴れた空の下で、ライスシャワーが雨のように降り注いでいる。その下を、幸せいっぱいの笑顔を浮かべた新婦と、どこか照れくさそうな新郎が歩いていく。さっきは、花嫁が投げたブーケを、きゃあきゃあ言いながら女の子たちが手を伸ばして、受け取ろうとしていた。
 ブーケをキャッチした、あれは誰だっけ? 確か、営業三課の子だったと思うんだけど。
「お。来てたんだ、みょうじ」
 少し離れた場所から、新郎新婦の様子を見ていた俺の背中を、ぽんと叩く手があった。振り向くと、学生時代からの腐れ縁の、狡噛がいた。
「欠席するのかと思ってた」
「アイツのはれの日だぞ。来ないわけないだろ」
「ふーん……」
 素直に答えたのに、なんだか疑っているような、胡散臭いうなずきが返ってくる。俺はそれを聞かなかったことにして、再び視線を戻した。参列者のお祝いの声が、ここにいても聞こえてきた。
 おめでとう、おめでとう。お幸せに。そんな、たくさんの声が。
 そのひとつひとつに、ありがとうと応える、幸福そのもののカップル。
「来るんなら、ぶちこわすのかと思った。ほら、映画にあるだろ。内容よく知らないけど。結婚式の日に、教会に乗り込んで花嫁強奪するヤツ」
「アホか。なんでそんなことしなきゃなんねーんだよ、俺が」
「だって、付き合ってたんだろう、お前ら」
「………」
 狡噛は、俺が、真っ白なドレスを着た花嫁……の、隣に立っている男と、付き合っていた事実を知っている、数少ない人間の一人だ。だから、それが過去のものであることも、当然知っている。
「……もう、終わったことだから」
 そう、俺とアイツは、とっくに終わった仲だ。そのことに、あそこで可愛い笑顔を見せている今日の主役の一人である女性は、関係がない。それが、唯一の救いだと思った。
「でも、まだ好きなんじゃねえの?」
 ちくしょう。言いにくいことをズバリと斬りこんできやがって。これだから、腐れ縁はたちが悪い。なまじ付き合いが長くて、色んな事を知られているから、しらばっくれることも出来ない。
「好きじゃないよ」
 それは、多分に強がりを含んだ言葉だったが、まるっきりの嘘と言うわけでもなかった。一年間という、長いような短いような交際期間を経て、俺はアイツと別れた。お前の事は好きだけど、先の保証が見えない関係を、これからも続けていく自信がない、と言われた時、返す言葉が見つからなかった。
 保証、ってなんだ? 結婚して、籍を入れて、法的に認められる関係になること? そんなの、日本の法律が変わりでもしない限り、不可能だ。それとも、周囲の誰にでも、自分たちの関係を隠さずオープンに出来ること? 友人はわかってくれるかもしれないが、親兄弟親戚、会社の連中まで認めてくれるかと言うと、それは微妙だろう。即、クビになることはさすがにないだろうと思いたいが、会社にいづらくはなるかもしれない……。
 お互いを好きだ、という気持ちだけで、俺はこれからも付き合っていけると思っていたけど、それは俺だけだったらしい。はっきりとした、目に見える保証を求められたら、どうしようもできない。
 俺は、アイツを引きとめることは、できなかった。そうだ、アイツとは嫌いになって別れたわけじゃない。だが、今でもあの頃と同じ気持ちかと言えば、それも違った。繰り返される日常の中で、気持ちも少しずつ、変化していったのだろう。
「ほんとに?」
 なおも、疑わしそうに狡噛が問うのに、俺は苦笑して答えた。
「本当だよ。アイツが幸せそうで……ほっとした」
 正直、ここにくるまで、自分がどういう気持ちになるのか、わからなかった。悔しくなるのか、悲しくなるのか、辛くなるのか。実際は、そのどれでもなかった。不思議なくらい、穏やかな気持ちで、アイツの門出を見送っていた。
「アイツは、こんな風に、たくさんの人から祝福されるのが、似合ってるんだよ」
 照れくさそうに、でも隠しきれない喜びが、アイツの顔にはあらわれていた。アイツの言ってた、保証、っていうのは、きっとこういうことなんだろう。それは確かに、俺がアイツに与えられないものだった。
「どうせ無理してんだろ」
「……してないよ」
 心配そうに聞かれて、俺は笑って否定した。一時でも付き合っていた人が、幸せになるのを、素直に祝福することができて、良かったと思ってる。それは嘘じゃない。ほんの少し、胸がツキンと痛んだが、それも今だけだ……。
「雨だ……」
 雨のように降っていたライスシャワーが止んだと思ったら、本当の雨が降って来た。空は明るく晴れているのに、小雨がぱらついている。
「知ってるか、みょうじ? こういう天気雨を、狐の嫁入り、って言うんだ」
「へえ……」
 見えないどこかで、狐の花嫁行列が進んでいる、と想像したらちょっと楽しくなった。お天気雨は、さしずめライスシャワーの代わりだろうか?
「俺は、涙雨にも思えるけどな。みょうじ、お前の」
「俺は泣いてなんかないよ」
「泣けばいいのに」
「いやだね」
「可愛くないな」
「狡噛に可愛いなんて思ってもらわなくて結構だ」
「ますます、可愛くない」
 そんな他愛もないことを言い合ってるうちに、雨は止んだ。
 狐の花嫁行列は、もう通り過ぎてしまったのだろう。
「んじゃ。近くに行って、幸せな新郎をからかってくるかな」
「……みょうじ」
「なんだよ?」
「次は、俺が立候補してもいいか?」
「は……?」
「今、フリーなんだろ。俺もたまたまフリーなんだよ。どうだ?」
「……ばーか」
 素っ気なく言って、参列者の方へ歩き出した。俺結構本気なんだが、と背中から声が追いかけてくる。
 見上げた青い空に、白い小さな雲がふたつ、仲良く並んで浮かんでいる。気ままな風に、少しずつ流されながらも、寄り添うようにつかず離れず、漂っている。明日の保証なんて、どこにもなくても、きっと幸せになる、上手くゆく、と何の根拠もなく思った。
「狡噛も、早く来い。新郎新婦が旅立つぞ」
 立ち止り、振り返って、狡噛を手招く。狡噛がのんびりと近づいてきて、俺の隣に並ぶ。

 今日は、まことにめでたい、はれの日だ。



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