第1回 | ナノ
職場で同じ管轄の縢秀星という男に視線が向くようになったのはいつからだっただろうか。彼とは出会った当時から仲が良く、彼と一緒にいるととても心が落ち着いた。と同時にドキドキすることもあった。例えば、ふと手と手がぶつかったりだとか、何気ない言葉や仕草だったり…。決定的な何かがあったわけではないが、それが恋だと気づくことができないほど自分も子供ではないことを知っていた。


問題はそこからである。恋だと知って自分はどうするのか。告白するのか。付き合ってどうするというのか。好きであるということは愛には繋がらない。好きであるということはただの自己満足である。そんな言葉を聞いた気がして、この状況をどうすることもできずにいた。そんなある日、縢がいつものように声をかけてきた。


「ねー!なまえちゃん、このあと暇だしどっか飲みに行こうぜ。」

「縢は暇でも私は忙しいの。」


本当は嬉しいはずなのに、どうして反発的になってしまうのか。縢は自分の気持ちなんて知る由もないだろう。ただの同期としてしか見てないのだろうか。


結局、一旦は断ったものの、ものの流れというやつで縢と一緒に飲みに行くことになった。本当はこうなって嬉しいと思っている。そう思っている自分がいることになんだか戸惑ってしまうのは最近まで恋という感情を忘れていたからだろう。公安局の人間になるまでは一心不乱に勉強して、恋愛事とはおさらばしていたのだから。


縢と一緒に飲んだことは何度かある。愚痴を聞いたり過去の思い出を聞いたり、彼のことならなんでも知っている。だけど、自分が彼にとって特別な存在かどうかと問われれば首を縦に振ることができない。最近は朱音ちゃんと縢の家でご飯を食べたというし…。


いっそのこと聞いてみるか。酒も十分に入ったことだし。そう思ってお酒で赤くなっている縢に視線を向けた。


「縢って他の女の子にもこうやって接してきたの?」

「うん?」


彼は一瞬首を傾げた。質問の意味が理解できていなかったようだ。けれど、言葉を脳裏で噛み砕いている気が感じられた。その横顔をじっと見つめてみて気づいたことだが、やはり縢は整った顔立ちをしている。赤くなった顔がこんなにも可愛いと思えるなんて。そんなことを考えながら見つめていたら、不意に縢が横を向いてきたのでばっちり視線が合ってしまった。お酒に酔っているとはいえその瞳はしっかりと自分を見つめていた。


「もしかして俺のこと好きなの?」


唐突の言葉に一気に体温が上昇する。


「なぜ、そうなる!?てか、全然違うし!」

「赤くなってるぅ。」

「これはお酒のせい!」


顔が赤くなっているのを隠すようにお酒を煽るようにして飲み干す。喉にカッとした味わいを感じたが、そんなことよりも縢の発言がおかしい!何故そうなったのか!女の考えていることなんてお見通しだとでもいうのだろうか。そんなことを言うくらいならなまえのことなんてお見通しだと言って欲しい。


「なまえちゃんはピュアだからねー。」


あんな発言で赤くなってしまうのはピュアということなのだろうか。縢がグラスをとろんとした目で見つめているのを見て、その瞳をもう一度自分に向けてほしいと思ってしまう。


あぁ、全然ピュアじゃないなぁ。まったくもって私利私欲な自分である。


「違う。ピュアな振りをしてるだけ。女ってのは決行どろどろしてる生き物だから。綺麗につくろっても中身は汚れてるものよ。」


どれだけ久々に恋をしても本能が異性を振り向かせようとしているのだ。私の発言に縢が少しだけ驚いたようにこちらに視線を向けた。けれど、今はその大好きな瞳を見ることができずに空になったグラスを見つめている。


「私、ずるいのかもしれない。打算とか考えて縢が自分のことどうやったら見てくれるのとか、自分のことばっかり考えてた。」


不思議なことに言葉がスラリと口から流れ出た。どうしたのだろうか。これはもう俗に言う告白というやつに分類されてもおかしくないはずなのに。お酒の力なおだろうか。いや、それだけではない。


すると黙って聞いていた縢が口を開いた。


「純粋ってのは、私欲がないことだろ?そんな人間いるわけねぇじゃん。相手のことを一番に想うってのは存外難しいもんっしょ。」


相手を本気で想うなんて戯言だ。結局は恋人がいる自分に酔いしれているだけ。自分が可愛くて仕方がないのだ。


彼の言葉はとても正論に思えた。この年になるともう好きとはおさらばして愛していかないと駄目だと思っていた。けれど、心は年齢なんて関係なく相手を好きになる。恋をする。愛には程遠いけれど、相手を好きでいる自分を好きでいるのも大切なことだ。


「私は、縢にそんな感情を抱いてるよ。」

「知ってた。態度に出るからね。」


ぼかして伝えてみるがきっと彼も理解しているのだろう。それどころか知っていたとは。知っているにも関わらずそうやって接してきたのもなんだか狡い。


「俺が不純なこと教えてやってもいいんだぜ?お嬢ちゃん。」

「何よ。縢のくせにかっこつけちゃって。」

「俺がかっこいいのはなまえちゃんが一番知ってるでしょ?」


そう言われると何も言い返せない。好きっていうのは本当に狡いものなんだな。愛とは全く違う。



純粋な愛の終わりをしった

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