第1回 | ナノ
からだがほしいのです。

貴方を見つめるための瞳、貴方と同じ空気を吸うための鼻、貴方と同じ言葉を話すための口、貴方を抱きしめるための腕、貴方の涙を拭うための指、貴方に近づくための足、貴方を想って、高鳴らせるための心臓。

そのどれもが無い私を、貴方は強く握り締める。最愛の人、妹のために生きた貴方、その妹を目の前で失った貴方。痛くて悲しくて泣いた貴方を、私はいくつも知っています。ああ、この声が届けばいいのに。

「そういえば、どうして白にしたんだい?黒のほうが傷がついても目立たないだろうに。」
「こいつですかい?まあ…買ったときに白がいいなあと思ったからでしょうねえ。」
「単純で、普通の理由だね。」
「そんなもんですよ。」
「槙島の旦那」の言葉に貴方が私を掲げて見せた。こいつって呼ばれて少しだけ嬉しい。だって、なんだか、ちょっとくすぐったいじゃない。それにほら、白を、私のことをいいなあって思ってくれたからですって。
「買って、何年くらいだい?」
「日本に来てからなんで…十年くらいですかね。使い易いんで特に新型を買う気もしません。」
貴方は知らないわ、その言葉に、私がどれだけ幸せになるかなんて。

信託の巫女。シビュラ。この島国のほとんど全人類を支配するシステム。そのはらわたを、今夜貴方達は暴く。
その壁一枚を挟み、セキュリティを一枚ずつ剥がしながら部下に指示を出す貴方のジャケットの中でじっと息を潜める。この国を壊して、そのあとどうするの?と、問うための口もないのに。
不意に、貴方の声色が変わった。察するに、相手は公安の刑事らしい。それも多分、執行官というやつ。もしかしたら殺されるかもしれない貴方は、友達になれると思ったんだけどな、と、学生達が交わす会話のように軽く言った。
その間も、キーを叩く手は止まらない。何度も、何度も、巫女の肌に爪を立てて、爪の間に皮膚が入り込むのも厭わず、掻いて、掻いて、たとえ爪がはがれてもいいとばかりに。
唐突に、く、とジャケットの中が狭くなった。貴方が背を丸めたから。ぐらりと揺れる感覚と共に、肌寒い地下の空気に引っ張り出される。細かな傷を貴方の指が撫ぜた時に背筋が震えたような気がした。ああ、とうとう!剥がした先の、掻いた先のはらわたが遂に、目の前にあるのね!きゅ、と眼を動かして、鮮明にその光景を飲み込む。黄色い液体に浸かったのうみそが運び出されては枠にはめられ、また運び出されるのを繰り返す。貴方の振動が私の体に伝わる。笑っているのね。神のように思えたこの肉片どもを。
ずりずりと引き摺るような音が背後からする。声からして、さっきの執行官だろうか。呆然としたように―どこか絶望が含まれているかもしれない―目の前の光景に動けないで居る。これが貴方達が信じていた総て。貴方達に与え、告げ、貴方達から奪ってきたものの総て。
壊すまでもねえ、と興奮したように貴方が声を高くする。

そのとき、

貴方が振り向いたかと思うと、私は何かに吹き飛ばされたみたいに、仰向けに落とされた。背中をしたたかにうちつけて視界がぶれる。貴方の眼と目が合った。あたりに広がる肉と、天井の光を反射する赤い液体を残して、貴方が消えていた。うそでしょう、と呟いたけれど、言葉にならない。視界の端で知らないアンドロイドが執行官に銃を向けているのが見えた。そのまま、オイルまみれの手に視界を奪われる。きもちわるい、さわらないでよと身をよじった瞬間、電源を落とされた。

「槙島の旦那」が私を拾い上げる。アンドロイドの破片を跨ぎながら、ぐらぐら揺れる足場のなかで、彼の足取りはしっかりしていた。墜落してゆくヘリの扉を開けて、彼は私をぽいと投げた。
ひゅるひゅると落ちる中、彼のことをひとつずつ、ひとつずつ思い出して、ひとつずつ、それらを消していった。
何もなくなった体を夜の冷たいなかに遊ばせて、あたたかい衝撃と最期を迎え入れた。



恋する乙女は美しくも恐ろしい

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