第1回 | ナノ
※R-15描写あり


 雨が降る夜に、私は槙島さんと出会った。こんな廃棄区画にいるなんて、異常だろう。だけど、私は生まれたときから異常を見過ごされてきた。泣いても、笑っても、憎んでも、私の色相は変わらなかった。だから、廃棄区画にいても、私の色相は変わらない。
「……おや、家出かな?」
 そんなときに、私は槙島さんと出会った。雨で身体は冷えきっている。その声があまりに優しく聞こえたので、私は思わず顔を上げた。
 槙島さんは、今まで出会ったどんな人とも違う、不思議な人だった。
「家出じゃ、ありません」
 家出なんかじゃない。私の家族は殺された。そのときも、私の色相はクリアカラーだった。
「ここにいたら、酷い目に遭うよ」
「わかっています……」
 家族は亡くなり、親戚もいない。すると、シビュラシステムは、私を優遇した。もしかしたら、色相の異常を知っている上でかもしれない。
「貴方は……、どうしてここに?」
「仕事だ。ならば、君に訊きたい。君は、この世界を、シビュラシステムを、どう思う?」
「……私にとっては、生き辛い世界です」
「女の子をここに放っておく趣味はない。保護してあげよう。君は、シビュラシステムを否定しているからには、帰る場所もないんだろう?」
 槙島さんは、私に手を差し伸べた。ずぶ濡れの中、私は槙島さんの手を握った。
 それが、私と槙島さんの出会い。


 本の多い家に案内され、私は冷えた身体を湯槽で暖めた。用意された服に着替えると、槙島さんは訊いてきた。
「もしや、君は色相が一度も濁ったことがないかい?」
 はい、と私は自分の異常さを伝えた。なにをしても正常な私は、ある意味異常だ。
「それは良かった。僕も、そうだから」
「槙島さんも、色相が濁らないのですか?」
 肯定した槙島さんに、私は共感を覚えた。今まで、同じ人がいるとは知らなかった。
「だからこそ、君はこの世界が生き辛いんだ?」
「はい、私は異常だって、ずっと思っていました」
「それは違う。異常なのは君ではない。この世界、シビュラシステムが異常なんだ。全ての人間を管理する――まるで、ありふれたフィクションのようだ」
 僕はね、と槙島さんは言った。
「シビュラシステムの本当を知りたいんだ。君は、なんのために、廃棄区画にいた?」
「私は……、シビュラシステムが嫌いで、だから、逃げてきたんです」
 ならば、シビュラシステムを破壊したくはないか? と、槙島さんは甘く囁いた。
 生まれたときから管理されて、でも爪弾きにされて。多分、私は。
「――見たいです、シビュラシステムの破壊を」
「まず、本を読むといい。ここには、発禁の本もあるよ」
 シビュラシステムが、不都合とした本の数々に、私は魅了された。人体実験や古今東西の残虐の歴史など、知らないことばかりだった。
 槙島さんは、たまに外出するけど、ちゃんと帰ってくるから、寂しくなかった。
「おかえりなさい、槙島さん」
「ただいま、なまえ」
 私の知りたいことを槙島さんは知っていて、私はちょくちょく訊いた。例えば、過去の政治のこと。例えば、人間の本質について。
 槙島さんは、混じりけのない食事を作ってくれる。天然の魚や鶏肉は、とても美味しい。シビュラシステムの下では、味わうことはなかった。
 天然の牛乳を飲むと、槙島さんは私に問う。
「――なまえは、人を殺さないといけない状況になったら、どうする? ある人物を殺さないと、大切な人が逆に殺されてしまう、としたら」
 槙島さんから踏み込んだ質問をされたのは、初めてだった。槙島さんから血の匂いが漂うことは何度かあった。
「……私なら、躊躇いません。大切な人に罵られようとも、生きるために、殺人も犯します」
 そもそも、私に人並みの倫理観なんて存在しない。
「やはりなまえは、常守朱とは違うね。僕は今日、公安局の監視官の大切な人を、殺した。監視官の常守は、友人が殺されるにも関わらず、引き金を引いて、僕を殺すことは出来なかった。彼女は、シビュラに囚われたままだ。でも、なまえは違う。シビュラには囚われていない。もし、僕が命令したら、人を殺せるかい?」
「私には、槙島さんしかいません。槙島さんの言う通りにします。でも、私は言いなりのお人形でもありません」
 殺人を犯すにも、私には私なりの意思がある。
 槙島さんににこり、と笑うと、私の頬に触れた。
「……槙島さん?」
「ああ、なまえに出会えて良かった。なまえはそこらの有象無象とは違う、特別だ」
 槙島さんは、私の唇に指で触れると、そのまま唇が触れ合った。
 ……キスしている、と気付いたのは、少し後からだった。槙島さんはまるで劣情を抱いているようなキスをした。
 やっと唇が離れる頃には、私の顔は上気していた。
「可愛いよ、なまえ」
 恋人同士のように、槙島さんは私に囁いた。ドキリ、と心臓が高鳴る。
 槙島さんにとっては、小さな戯れかもしれない。でも、私は――槙島さんに多分、恋している。
「僕だけのなまえ、一生閉じ込めたい」
 だから、そんな槙島さんの言葉にも、頬を赤くするしかなかった。
 恥ずかしくて、私は席から立とうとした。しかし、槙島さんが私の腕を掴んだ。
「これは、悪戯じゃないよ。本気で、なまえを手に入れたい」
 自惚れでもなく、槙島さんは私が好きなのだろう。
「そんなこと……もう、私は槙島さんのものです。槙島さんのことが、好きです」
「……言ったね」
 槙島さんの思惑通り、私から告白をしていた。槙島さんは私を抱き締め、キスを施した。
「僕も……好きだよ、なまえ」
 どさり、と私はソファーに押し倒されていた。身体のあちらこちらに、キスと甘噛みをされる。
「慣れていないのかな?」
 身体を震わす私に、槙島さんは訊いた。
「はい……男の人とこう言うことをするのは、初めてです」
「それは、嬉しいね」
 身体の際どいところにもキスをされて、私の身体がびくり、と動く。
「なまえ……拒まなくてもいいのかい?」
 このまま黙っていれば、私と槙島さんは繋がるだろう。でも、私は拒むことなどしなかった。
「好き……槙島さん。だから……」
 ――私の“初めて”を貰ってください。
 誘うように言った私に、槙島さんは微笑んだ。
「……まったく、いけない娘だね、なまえは」
 それでも、私は槙島さんからの愛撫が嬉しくて――その日、私と槙島さんは繋がった。


 槙島さんに私の初めてを捧げて、私は満ち足りていた。きっと、槙島さんは次に私に殺人を犯せ、と言う筈だ。それでも、構わない。槙島さんがいれば、処女だろうが殺人だろうが、なんでもあげよう。
 私と槙島さんは、この世界では異質だ。だけど、槙島さんを想うこの気持ちは変わらない。
 私だって、生きているのだから。恋も、人並みにするのだから。



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