7 | ナノ
人間の性感帯というものは、いたるところに隠されてる。
首筋、耳たぶ、背筋、足の裏。
言葉にするのは恥ずかしいような場所だってある。

「ん、」


触れた冷感に小さく鼻をならせば、彼は目を細めた。
「指、冷たい。」
私がそう文句を言えば、彼は「冷たくて悪かったな。」と相変わらず冷静な言葉が返される。
そのまま、私の首筋に顔を埋める彼の唇は冷たい。けど、次の瞬間あま噛みされたときに触れた舌は熱かった。

「ぎ、のざ・・・っさん、」
曖昧なその刺激に、もどかしさを感じて名前を呼べば彼は彼で私の腰を引き寄せた。
監視官の宜野座さんと、執行官の私。
恋人でもない私たちの関係性の示し方と言えば、あとにも先にも「犬と飼い主」としか言えないだろう。彼を恋い慕い続けていたのは私で、私を飼い慣らし続けているのが宜野座さん。

「みょうじっ、・・・ん、」
私の名前を呼ぶこと・・・それも、こんなに色気のある声で呼ぶ貴方を、もしも狡噛さんが見たらどんな顔をするだろうか。
『ギノの色相が濁ったらどうする』と怒られたらどうしようか。
・・・いや、でも狡噛さんにそれを言う権利はきっとない。

だんだんと、胸元にまで降りてきた彼の口づけにぴくっと無意識に反応を示せば細く彼が笑った。
「感じやすいな、」
「うる、さいですっ、」

自慢じゃないが、私はそれなりに胸はある。小柄な割に、たぶん、男性的には不満がない程度にはある。肩をこる、ってほどでもないし貧相ってこともないだろう。
だいたい、胸の大きさなんて問題じゃない。大切なのは感度だ。
なんて、バカなことを言ってたのは誰だったっけ。・・・・佐々山さん?神月?それとも志恩さん?
ストイックすぎる宜野座さんは、女を抱いたのは私が初めてだって言ってた。純粋すぎる宜野座さんの初めての相手が、こんな潜在犯でごめんなさいって感じだけど。
まぁ、嬉しかったから勝手に自己満足していた。

宜野座さんに触れられるたびに過剰に反応する私を見て、いつも宜野座さんは少しだけ笑う。
宜野座さんにしてみれば、この行為は犬との戯れだ。私が宜野座さんを好きだと言えば、彼は私を甘やかしてくれる。私が職務を完璧に遂行すれば宜野座さんは褒めてくれる。つくづく、飴と鞭の使い方がうまい。
刑事部屋にいる怖いくらいに鋭い視線の宜野座さんも私は好きだ。

「ぎのざ、さん、」
そっと、名前を呼べば宜野座さんが顔を上げた。さらけ出された胸元には、いつの間にか赤い跡がついていた。
左側の乳房についたソレを見て、私は静かに笑った。
「宜野座さん、いっつもここに跡つけますよね、」
「悪いか?」
「・・・いや、そういうんじゃなくって。」
苦笑いしながらそっと宜野座さんの頬に口づけた。

「私の夢、聞いてくれます?」
「猟犬に夢なんてあるのか?」
「ありますよ。」
宜野座さんの頬に触れながら、私は小さくつぶやいた。

「宜野座さんに、エリミネーターでここ撃ち抜かれること。」

『ここ』の時に宜野座さんにつけられたあたりを指させば宜野座さんは怪訝そうな顔をした。
「処分される予定でもあるのか?」
「んー、される予定っていうか、されたいって願望。本当はドミネーターじゃなくって拳銃のほうがいいけど。今どきそんなものないし。」
しゅるしゅる、と宜野座さんのネクタイをといてワイシャツのボタンをはずせば無駄な筋肉が一切ついていない綺麗な胸板が見えた。
宜野座さんは私の体系にどうこう言うような男じゃないからいいとして、私は宜野座さんの胸板が好きだった。広いけど、変にムキムキしてないし、肌もきれいだ。

そっと宜野座さんの左胸に口づけた。
「執行官なんてさ、ろくな死に方しないでしょ?年取って、執行官続けられなきゃ施設送られて殺処分だろうし。」
「捜査中に死ぬかもしれないな、お前は危なっかしい。」
「んー、監視官守って死ねるなら本望だけど。宜野座さん厚生省に上がっちゃうかもしれないしなぁ。」
「・・・みょうじ。」
「頭でっかちのムサイ監視官に殺されるなら、私は宜野座さんに殺されたいなぁ。」
そう甘えた声を出せば、宜野座さんは「馬鹿なことを言うな。」と叱る。本気なのに、と私は仕返し、とばかりに宜野座さんの胸の上にキスマークをつけた。

見えないところだからか、宜野座さんは文句を言わなかった。

「心臓よ、心臓。」
「心臓?」
「宜野座さん、射撃じょうずでしょ?上手に狙ってね。」
「わざわざお前を殺すことに俺にメリットはあるのか?」

そう尋ねられて、私は「どうだろう。」と笑った。
私にとっては嬉しい死に方だ。私が死んだ後で、彼にもたらされる利益なんか私には関係ないものだ。
「逆に聞くけど、私を殺して宜野座さんにデメリットはあるの?」
よーく考えてよ。

宜野座さんの目は、眼鏡越しでもわかるほど優しかった。
優しい宜野座さんは、きっと自分の部下を自ら手にかけることに苦しむかもしれない。
それでも、私は宜野座さんに殺されたいと思ってる。さんざんな人生を歩んできた私への最後のご褒美になるに違いない。

「私の心臓、宜野座さんにあげる。ていうか、執行官でいる時点でもう私の命は私のものじゃないし。」
そうこぼして、宜野座さんの心臓のあたりに唇を這わせた。

心と言うものは、存在しない。ものを考えるのも、感情を抱くのも、痛みを感じるのも神経であり、脳であり、今ではもう科学的に解明された名前の付いた臓器だ。それでも、私は「こころ」というものはいまだに胸の奥深くにあるような気がしてならない。
宜野座さんを好きだと思い、熱くなる胸の奥が「こころ」であってほしいと思ってる。
彼に触れられているときに、早く脈打つ心臓は正直者だ。宜野座さんは私がどれだけ彼を好きかどうかなんて知らないだろうけど・・・。

「こころ」が形にできたらどんなに良いことか。そうしたら、シビュラなんて必要なくなるかもしれない。宜野座さんに私の「こころ」が貴方色に染まっていると証明できるかもしれない。

もちろん、そんなことを考えている時点で私と宜野座さんの性格と言うものが綺麗に袂を分けているのだけども。

そんなことをかんがえていると宜野座さんは私の頭に手をおいた。
「みょうじは、欲がないな、」
「ん?」
「俺に殺されるのが望みだと?バカも休み休み言え。」
宜野座さんは少し怒ったようにそう言った。
その怒りの意味さえ分からない私は、そんな宜野座さんさえも愛しく思えてただただもう少しだけ貴方に触れていたいと願う。

「すき、宜野座さん・・・。」
「そうか。」
「ん、」

そのまま二人して大きなソファーベッドになだれ込んだ。
宜野座さんは私にキスを一つ落として、口の端をかすかに上げた。

「心臓なんか貰っても、なんの意味もない。」

それを持っているのが、お前だからこそ意味がある。
そう吐き捨てて、私の胸にそっとキスをした。
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