7 | ナノ

「初めまして、僕は槙島聖護という。君は?」
「…初めまして、名前は扉を見れば判るでしょう?」
君の口から聞きたいんだ、と微笑むこの男は相当な女タラシに違いない。勝手にそう結論付けて一歩後退去った。


フェードアウト。


―――――――――「やあ、気分は如何かい?」
「最低もいいとこね。それで、此処はどこかしら。」
最低の下はなんだろうとか考えつつ、目の前の男に意識を向ける。混濁した意識はまるで真っ白なパズルのピースみたいだ。取り止めが無い。果たして完成するだろうか。
「此処は君の檻であり、楽園であり、揺り篭さ。」
「非生産的ね。不毛だわ。」
「君にぴったりじゃないか。そうやって、何も生まない愛を君は孕んでいる。何時までも、生まないままで。」
此処には誰も居ない。空虚で、二人だけの空間。ええ、誰も居ない。私には無と等しい。
「…お楽しみのところ悪いんですが。槙島さん、お仕事ですよ。」
「ああ、今行くよ、」
はし、と彼のシャツの裾を掴んだ。槙島。まきしま。このヒトの名前。なんて甘美で楚々とした名前。
「槙島、どこに行くの?」
「…すまないね。直ぐ帰ってくるから。」
愉悦に細めた槙島の瞳の奥に、恍惚の表情を浮かべる私が居た。

「ただいま。」
「…おかえりなさい。」
「おや、折角の食事なのに…食べていないのかい?」
「貴方を想うと、喉を通らないのよ。」
明らかに高そうな食事も、恋煩いには勝てない。私の隣に優雅に腰掛けるこのヒトも、そんな経験があるのだろうか。
あればいいな。願わくば、その相手が私であれば。
「君の思考の発見が、病院であったことがようやく納得できたよ。そうやって、恋人が自分の前に姿を現すまでじっと待ち続け、発見時には餓死寸前だったそうじゃないか。」
「やめて、もうあんな辛い思いはしたくないわ。…明日も、お仕事?」
「すまないね。」
仕事は仕方ない、などと嘯くことができたら苦労しない。行かないで、という風に見つめてもこのヒトは笑みを崩さない。綺麗。耽美。陳腐な言葉が私の矮小な語彙力を嘲笑うように浮かんでは消えていく。嗚呼、愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる。呪文のように唱えても、その効果はない。
彼が私を置いてゆく理由が『仕事』ならば、憎むべきは、なんであろう。
稼げぬ私か?彼の仕事自体か?はたまた彼か?
否、彼を呼びに来る、あの忌まわしい狐目ではないだろうか。
「何を、考えてるの?」
「愛してる。」
傍らの槙島が、囁くように口を耳に寄せて聞いてきたのに反射で答えた。唐突なその言葉も彼は笑みをクッションにして、衝撃を殺す。信じてないのは一目瞭然だ。
「僕もだよ。」なんて、愛していなければ到底信じられない。

不意に、視界が反転した。

眼前には薄ぼんやりとした暗い天井に、黄金色の輝き。槙島の瞳。吸い込まれそうだ。
「本当は君の魂の輝きが見たくて、連れて来たのだけれどね。」
木乃伊取りが木乃伊になるとはよく言ったものだ、と微笑む。さっきまでのぞくりとする笑みではなかった。
慈愛と、恋愛。そして、読み辛いものの、少しばかりの情熱。
「どうやらゼロフィリア…嫉妬性愛者は僕も当て嵌まるようだ。同じ愛を、僕らは抱いてる。」
ならば、あの狐目の男はプラトンにおけるerōsそのものなのだろうか。
あの男がいなくなる、というのは即ち愛の喪失を意味し、この空虚で満たされた私達の出発点であり、終着点である。
どこまでも、ゼロだ。
幾ら掛け合わせても私達はゼロ以上のものにはなれない。抜け出せぬこの現状に。浸って浸ってどろどろにふやけて同化する。輝きなど、カラカラの私に見出そうなんて無駄なことを。
「(どこまでもゼロのままよ。)」
宙を睨んでぼんやりと考える。柔らかいソファの触感も、自分を抱きしめる槙島の腕も、なにもかも感じない。
「(横に逸れた愛たちは、いくら頑張っても同じゴールに着けはしない。)」

集中の欠片もない私を見て、槙島の笑みが濃くなった気がした。

zero×two=I never have XXXX...?

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