ゆっくりと部屋のドアを開けると、外からの明かりが細い線になってベッドを照らす。
隅に腰かけた拍子に、安いスプリングがギシリと音を立てた。
「…ん…こーがみ、さん…?」
「悪い、遅くなったな。布団くらいちゃんと掛けて寝ろ」
うっすらと目を開けたなまえの頭を撫でると、気持ちよさそうに伸びをする。
まるで猫だ。撫でていた髪をくしゃりと掴んで、なまえと同じように横に寝転んだ。
「…まだスーツのままじゃん。しわになるよ」
「いい。明日は非番だからな」
「まーいっか。狡噛さんも、寝よ」
とろんとした顔で胸元にすり寄ってくるのは、寝惚けているからか。
普段は自分からのスキンシップを好まない所も、まるで猫のようだと思う。
小さな頭を抱えるように抱き寄せると、気持ちよさそうに閉じられていた目がゆっくりと開かれた。
きれいなアーモンド形の目が、物言いたげに見上げてくる。
「どうした?寝ないのか」
「…志恩さんのとこ、行ってたの?」
「ああ、頼みごとがあって寄ってきた。よく分かったな」
「…煙草の匂い、いつもと違う」
なまえは煙草が嫌いなくせに、俺に染みついたそれの匂いは好きらしい。
抱きしめる度に、スーツに顔を埋めてはそう言って笑う。
その匂いが、いつも俺が吸っている物ではないと言いたいらしい。
「一本もらったからな」
「…香水の匂いも?」
「分析室にいたから、移ったんだろ」
俺の答えでは不満なようで、笑うでもなく怒るでもなく、ただ黙ってじっと見上げてくる。
その目から逃げるようにきつく抱きしめれば、身じろぎしたなまえは俺の腕から抜け出してしまった。
「…なまえ」
「気が変わったの」
なにが、と問う前に、なまえが俺の上に馬乗りになる。
とろんとした目は先ほどの眠気から来るものではなく、熱に浮かされたものに変わっていた。
それを見て、自分の口端が吊り上るのが分かる。
手を伸ばして頬を撫ぜれば、その手を取られて手のひらに口づけが落とされる。
「私ね、狡噛さんの煙草の匂い、好きなの」
「…ああ」
「だから、今日は気が変わった」
「…スーツ、しわになるぞ」
「明日は、ゆっくりできるんでしょう…?」
そう言って笑ったなまえの唇に、俺は噛みつくようにキスをした。
「志恩、いるか」
「あら、狡噛くん。今日は非番じゃなかった?」
「昨日頼んだものを取りに来た。できてるか?」
「もちろん。でも―――」
資料の入った封筒を渡しながら、志恩は妖艶に笑う。
「それ、急ぎじゃないでしょう。休み明けでもよかったんじゃない?」
「…さあな」
「なまえちゃんも大変ね、狡噛くんに振り回されて」
楽しげに笑って背を向けた狡噛に、溜息をひとつ落とした。