7 | ナノ
ゆっくりと部屋のドアを開けると、外からの明かりが細い線になってベッドを照らす。
隅に腰かけた拍子に、安いスプリングがギシリと音を立てた。


「…ん…こーがみ、さん…?」

「悪い、遅くなったな。布団くらいちゃんと掛けて寝ろ」


うっすらと目を開けたなまえの頭を撫でると、気持ちよさそうに伸びをする。
まるで猫だ。撫でていた髪をくしゃりと掴んで、なまえと同じように横に寝転んだ。


「…まだスーツのままじゃん。しわになるよ」

「いい。明日は非番だからな」

「まーいっか。狡噛さんも、寝よ」


とろんとした顔で胸元にすり寄ってくるのは、寝惚けているからか。
普段は自分からのスキンシップを好まない所も、まるで猫のようだと思う。

小さな頭を抱えるように抱き寄せると、気持ちよさそうに閉じられていた目がゆっくりと開かれた。
きれいなアーモンド形の目が、物言いたげに見上げてくる。


「どうした?寝ないのか」

「…志恩さんのとこ、行ってたの?」

「ああ、頼みごとがあって寄ってきた。よく分かったな」

「…煙草の匂い、いつもと違う」


なまえは煙草が嫌いなくせに、俺に染みついたそれの匂いは好きらしい。
抱きしめる度に、スーツに顔を埋めてはそう言って笑う。

その匂いが、いつも俺が吸っている物ではないと言いたいらしい。


「一本もらったからな」

「…香水の匂いも?」

「分析室にいたから、移ったんだろ」


俺の答えでは不満なようで、笑うでもなく怒るでもなく、ただ黙ってじっと見上げてくる。
その目から逃げるようにきつく抱きしめれば、身じろぎしたなまえは俺の腕から抜け出してしまった。


「…なまえ」

「気が変わったの」


なにが、と問う前に、なまえが俺の上に馬乗りになる。
とろんとした目は先ほどの眠気から来るものではなく、熱に浮かされたものに変わっていた。
それを見て、自分の口端が吊り上るのが分かる。

手を伸ばして頬を撫ぜれば、その手を取られて手のひらに口づけが落とされる。


「私ね、狡噛さんの煙草の匂い、好きなの」

「…ああ」

「だから、今日は気が変わった」

「…スーツ、しわになるぞ」

「明日は、ゆっくりできるんでしょう…?」


そう言って笑ったなまえの唇に、俺は噛みつくようにキスをした。







「志恩、いるか」

「あら、狡噛くん。今日は非番じゃなかった?」

「昨日頼んだものを取りに来た。できてるか?」

「もちろん。でも―――」


資料の入った封筒を渡しながら、志恩は妖艶に笑う。


「それ、急ぎじゃないでしょう。休み明けでもよかったんじゃない?」

「…さあな」

「なまえちゃんも大変ね、狡噛くんに振り回されて」


楽しげに笑って背を向けた狡噛に、溜息をひとつ落とした。
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