6 | ナノ
 私たちは『常識』『まとも』に欠ける猟犬だと、良く理解している。ただ一つの鉄の塊の声に従って自分とは違う、けれど似たような潜在犯たちを撃つのだ。今更それに疑問をもつことも、おかしいとも思わない。疑問を持つのはきっと、外の世界を知っているものだけだ。それしかないと分かっているものは最初から疑わない。そうだと思い込む。例えそれが違うと分かっていても、それしかないと言うことが重くのしかかっているのだから。


「宜野座かんしかーん」
「何だ。始末書は終わったか」
「いやさっぱり」

 当直勤務。何事もなく終わればこの時間は暇な時間である。今日は宜野座監視官、狡噛、そして私だ。出来ることなら常守監視官との勤務が良かった。あの人との勤務なら多少眠っていても怒られない。……それがこの人ならばどうだ。即怒られるか頭を叩かれるかのどちらかだ。暴力反対運動でも起こしてやろうか。実際には叩かれたことなんてないのだけれども。
 この人が実はうっかり優しいことなんて、一係の執行官ならば皆分かっていることだ。ただそれがいつも分かりにくい。分かりにくすぎて勘違いされやすいし、ほんの少し苛立つ時もある。

「お前はどうしていつもそうなんだ……」
「監視官殿みたく焦っても仕方ないし?」
「馬鹿にしているのか」
「滅相もない」

 この人を最初見た時はお坊ちゃんの印象しかなかった。狡噛もだ。二人してお坊ちゃんだった。それを佐々山さんと一緒に馬鹿にしたりしたこともあったけれども、今は多少その印象が変わりつつある。狡噛からは柔らかさがなくなりこの人からは刺々しさばかりが増えた。あの頃の初々しさは最早見る影もない。どうしてこうなった、と思わないこともないけれど理由は大体分かっているので何とも言うことが出来ない。経験を積んでいる証拠だと、成長している証拠だと言ってしまったらそこで終わりかもしれない。けれどこの成長はあまり個人的には嬉しいものではなかった。
 最近思うのは、いつかこの人がいろいろな重さで押し潰されてしまわないか、ということだ。私なんぞに心配されてもこの人からすれば迷惑極まりないだけだろうが、まあ監視官思いな執行官と言うことで。

「尊敬しておりますよ宜野座監視官殿」
「その言い方でか」

 お前はいつもいつもそう言う言い方を改めろと何度も……と本格的にお説教モードに突入し始めてしまったので、適当に相槌を打ちながら聞き流す。お説教をBGMに始末書を書いていれば、もう少しで書きあがりそうなところでふとお説教の声が止まった。
 今度は何だと思って手を止めて顔をそちらへ向けると、ぐっと何か言葉に詰まっているのか、口を噤んでそのまま自分の仕事へと戻った。……なるほど? お説教を全く聞いていないことがバレたらしいが、御咎めなしとは珍しい。明日は雨だろうか。確か降水確率は0%だった気がしたが。
 訪れた沈黙は本来この場所にあるべきものなんだろうが、こうも気の重い沈黙もどうなのだろうか。もとは自分が悪いのだけれど、こうも御咎めなしなのは逆に何かあったのではないかと思ってしまう。この人がいつもと違う時は大体何かあって落ち込んでいる時だ。それを上手く隠す時もあれば、今のようにバレバレな時もある。

「何かあったの」

 面と向かって喋るタイプではないのはお互い様だ。だからこうして手を動かしながら問いかける。僅かながらに視線を感じた気がするが、すぐにそれは逸らされたように思う。そして再びの沈黙。
 素直じゃない。可愛くない。昔の可愛さを返せ。そんなに話したくないか。執行官に気遣われるとか嫌か。それって割と今更だけど嫌か。相変わらずのこの頑固者め。

「お前に気を遣われるようなことは、ない」
「やだもーツンツンしちゃってこの子は」
「お前の方こそどうなんだ」

 おおっと急に変化球が飛んできたぞ、っと。

「また不安定になっているんじゃないのか」

 手を止めて思わずこの人の顔を凝視してみるが、この距離だ。素知らぬ顔をしてこちらに目をやることもなく手を動かしている。こういう余裕ぶった顔の見せ方ばかり上手くなってまあ、お姉さんは悲しいやらムカつくやら。同い年だけど。内心はどう思っているのか探ってやりたいのは山々だけど、あまり遊ぶのもやはり負担になってしまうのではないだろうかと思う。何事もほどほどにしておくべきか。けれど私がこの人から聞きたいのは私の心配ではなくこの人のことなわけで。

「ギノくんのことが聞きたいんだけどな」
「変わりない」

 素っ気ないこの言葉を信じて安堵できるほど、私もこの人も馬鹿ではない。
 しかし狡噛も休憩から戻ってきたことだし、今日のところはこれ以上聞けそうにもないので、またの機会にでも聞きだすことにする。
 お互い素直に口に出せないからこそ、こうしてたまに言葉で相手を突いて互いに躱し合い、距離感を保つのだ。傍から見ればそれは馬鹿なことにも思えるかもしれない。何気ない会話かも知れない。けれどこれが私たちには必要であり、私なりのこの人への愛だ。
 誰になんと言われようとも。この人が、まるで限界だと言うように全てを吐き出すその時まで。猟犬は猟犬らしく、狙っているのだ。

「監視官。始末書できました」
「……お前は本当に、相変わらずだな」
「どうもありがとうございます」
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