6 | ナノ
※現代パロディ
※原作での禍根はまったくない


 昼の食堂は、当たり前だがよく混む。生徒数に合わせて2つ食堂はあるのだが、宜野座が今居る食堂の方が値段がいくらか安いので学生に人気だった。全体的に雑然とした雰囲気なのも一役買っているかもしれない。少なくとも、都会のように気取ったお洒落でないさまを宜野座は気に入っていた。この食堂でゆっくり食べたいなら、早く来るのがいい。次第に人が入って騒々しくなってくるが、満員になるころには食べ終わる。
 講義終わりに教授に呼び止められたのが運のツキだった。頼まれた雑用を終える頃には食堂はすっかり混む時間になってしまった。
 宜野座は食堂を見回して、ため息を一つ吐いた。座れそうなところがないのである。しょうがないので、今日はもう1つの食堂で食べるか。そう思って踵を返した瞬間。
 「ギノー!」
 自分を呼ぶ声がして振り向くと、笑顔で手を振る友人がいた。その向こうには狡噛がいて、隣の槙島と舌戦を繰り広げているようだった。
 「助けてー!」
 またかと思って、宜野座は眉を止せた。顔を会わせる度に口喧嘩をする2人は、いわゆる犬猿の仲だった。喧嘩するほど仲が良いなんて世間では言うが、二人はまさに火と水。互いに相容れないのだ。最近は机の下での小さな喧嘩から、殴りあいに発展することもままあるのでどうしようもない。
 宜野座はなまえに少し待つようにジェスチャーで伝えると、食券を買って渡し口に並んだ。程なくして器がお盆に乗せられて、お箸を別の台から取って三人のところに向かった。宜野座の今日の昼食は中華麺だ。スープがお盆に零れないように慎重な足取りで進む。
 「すぐ来てくんないなんてひどい」
 「昼食は大事だろう」
 「だけどさー」
 なまえは、息を吐きながら机に寝そべった。汚い、と宜野座が眉をしかめた。
 「そこの二人のせいでご飯がおいしくない」
 「……」
 まったくもって同意だった。宜野座は心の中で頷きながら箸をすすめる。
 「もう諦めろ」
 「うぅ〜ギノォー」
 「無理だ」
 宜野座は曇ったレンズを机の上の備え付けのナプキンで拭いた。なまえは納得がいかないようで、まだ駄々をこねている。眼鏡がまた曇るのも嫌なので、外してお盆のすぐそばに置いた。
 二人はずっとこうなんだろうという確信がなぜだか宜野座にはあった。こうあるのが自然で、当たり前のことなのだと宜野座はただ漠然と思っていた。ねっこの部分はそっくりなのに、まるで正反対な二人。善と悪、白と黒みたいに、はっきりと別れている。
 二人は宜野座が来たのにも気付かず、夢中で言い争っている。今日の論点は最近のドラマについてのようだった。まったく、下らない。しかし宜野座もそのドラマを見ているので気になって耳を澄ましていた。
 なるほど、昨晩放送のあるシーンについてが主な論点なようだった。確かにあれは現実的ではなかったが、ドラマの演出としては有りだろう。あの少女は歩けるはずなのだから、驚いた拍子に立ち上がれるようになるなど、よくある手法だろう。宜野座は有りだと思う。暇そうにスマホをいじるなまえにきいてみると不機嫌そうに、 「今期はバチスタしか見てない」と一言。
 「あれ、ギノが眼鏡外している。珍しー」
 「……曇るから仕方ないだろう」
 なまえが宜野座を見上げながら、笑って言った。
 彼女──なまえは、宜野座の数少ない友人の一人だ。幼い頃から知っている。宜野座にとって、なまえとは友人であり、初恋の人だった。よくつっけんどんな物言いをする宜野座は周囲の人間に誤解されがちだった。それがどんなに正当な言い分だったとしても、人は宜野座を疎んだ。いや、言い分が正当だったからなのかもしれない。自分が間違っていると面と向かって言われて、反感を覚えない方が珍しいだろう。
 なんにせよ、幼い頃の宜野座には友人と呼べる人はなまえをのぞいて殆どいなかった。
 なまえへの友愛が恋心へと変わったのは、多分中学のときだった。制服を着て通学鞄を肩にかけ、ほがらかに笑う彼女にときめきを覚えたのは事実だ。自覚したのは高校のとき。その時にはもう彼女には恋人がいて、忘れようと躍起になって勉強ばかりしていた。
 食べ終わり、手を合わせてごちそうさまと言った。眼鏡をかける。それから目の前で喧嘩を続ける二人の頭を叩いた。そろそろ時間だ。
 「そろそろ三限が始まるぞ」
 「だからって叩かなくてもいいだろ、ギノ」
 「狡噛の言う通りだよ宜野座くん。もっと別のやり方があっただろう」
 狡噛と槙島は文句を言いながらも荷物を持って立ち上がる。なまえはこのあとは空きコマなので、もうちょっとゆっくりしてから図書館で自習するらしい。
 宜野座は荷物を持つと、お盆を返却口に持っていった。そこにいたおばちゃんにごちそうさまでしたと言うのも忘れない。
 食堂の出入口で狡噛となまえが楽しそうに話をしている。思わず宜野座は立ち止まった。
 今なまえは、狡噛と付き合っていた。
 友人二人が幸せならそれでいいと思う。思うけど、
 宜野座は唇を噛んだ。
 自分の気持ちを告げたところで、玉砕は確定だし、そうなるよりはこの気持ちを押し込めて友達でいようと決めたのは自分じゃなかったか。それなのに、ときどき全部吐き出してしまいたくなる。全部壊してしまいたくなる。
 宜野座に気付いたなまえが手を振る。
 宜野座はそれに少しだけ手を振って応えて、また歩きだした。

 結局のところ、宜野座は今の関係を壊すのが怖くて思いを告げられないのだ。



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