6 | ナノ
息を切らして丘へ向かった。

途中で放心状態の朱ちゃんを見かけたけれど、彼女の心配をしていられるほど、このときのわたしは平生じゃなかった。
とにかく二人のいるところへ行かなければ、そして彼を止めなければ。そうしないと彼は――狡噛慎也はいなくなってしまうと思ったから。
懸命に走る。横腹が痛い。足の筋肉が悲鳴を上げた。それでも走る。がむしゃらにただ前へ、前へ。冷たい冬の空気が、問答無用でわたしの喉を裂いた。

しかしわたしの中の相反する思いは、じわじわと巡って全身を侵した。
慎也を止めることなんてできない。
彼を止めることができるのは、わたしみたいな人間じゃなくて、彼に似た、彼と同類の人間だけだ。
それにわたしには、彼以外の人間が槙島聖護を殺す姿を、どうしても想像することができなかった。

パン、と一つだけ大きな銃声が響いた。
思わず足が止まる。
乾ききった音は、すぐにうねる風に流されて消えた。

しばらくの間、まるで抜け殻のように立ち止まっていた。

わたしにはもう、全部わかってしまった。
二度と狡噛慎也が戻らないことを。戻って、こないことを。

疲れきった手足は地面に張り付いたように、または鉛のように重く、これ以上動かそうものなら、相当の体力が要った。
彼のいない世界なんて、わたしは思いを馳せることすらしていなかった。
それがどれだけわたしにとってありえないことか理解していたから。
でも、彼がいなくなるのなら。
それが彼の選んだ道であるなら。
彼のすべてを愛したわたしは、受け入れるしかないのだろう。

頬を伝う雨は止まらなかった。
わたしは、再び足を動かし始めた。





丘の上には、死に絶えた槙島と向かい合うように愛しい人が立っていた。

ぼろぼろのスーツを着たその背中でさえも、以前よりとても大きく見えて、わたしはまたさらに泣きたくなる。
彼が、ゆっくりと振り返る。
わたしを見て、少しだけ驚いたように目を見開いたけれど、すぐに彼はその表情を変えた。
悲哀か、恋慕か、形容しがたい顔をした。
わたしはわたしで、泣いたあとを隠して、わざと笑みをつくった。

彼の周りには何か、近寄ってはならないと思わせる壁があった。
それでも、最後くらいはいいじゃないかとわたしはそっと歩み寄る。

堕ちてしまった彼を救うことに躍起になっていたこれまでが、ひどく馬鹿らしかった。
今から思えば彼は一度たりともわたしに救いを求めたことはなかった。
それは単に、女に頼るのが情けないと感じていたからではない。
そもそも、彼はこちらに戻ることを、望んでいなかっただけだった。

それが憎らしくて、同時に愛しくて。
ただ狡噛慎也という人間らしいと、思った。


「――これで、さよならだね」

離別という道を選ぶことは、彼を愛したわたしを殺すことと同じ意味を持っていた。
彼は唇を歪ませて「ああ、」と短く応えた。

「愛してる」

愛の言葉を囁くわたしは、一体どんな顔をしているのだろう。
彼は腕を伸ばして、わたしをそっと抱きしめた。

「ああ、俺もだ。愛している、なまえ」

今まで彼と触れ合ったことで知ったそのあたたかなぬくもりも、微かな煙草のにおいも、些細で仕様もないことまで全部、きっと、ずっと忘れない。

彼がいなくなった丘の上で、わたしはまるで子どものように声を上げて泣いた。
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