6 | ナノ
彼女は、当時まだ私が教授になる前、講師時代の大学の生徒だった。
熱心な生徒で、授業態度もよく、成績も優秀。積極的に質問しにくるなど、教える立場からしてみれば、大変すばらしい学生だった。

漆黒の黒い髪、すらっと高い身長、少し吊り上った猫目、薄い唇。
現役の大学生であった彼女からは若者らしい青々しさが感じられており、歳相応の一学生だと思っていた。
しかし、彼女はそれだけではなかったのだ。
若い身体、美しい容姿、強い眼光、深い思考力。彼女を取り巻くすべてが何か他の生徒とは異質なもので構成されているような気がしてならなかった。彼女を色で例えるなら、艶やかな黒。何者にも染まらず、他者に影響を与え、そして包み込む黒。
彼女は美しかった。

そんな彼女は当然、異性に好意を持たれることが多かった。彼女が専攻している授業は無駄に男子生徒が多かったし、彼女が私の元へ質問に来ると普段授業をまともに聞いていない生徒までもが質問という口実をつけてやってきた。
そんなに魅力的な彼女だったが、恋人はいなかった。
何故私がそんなことを知っていたかと言えば、本人が言っていたからである。

雨の日だった。
彼女が論文を書くということで、その文献検索をするのに私の持っている資料を見せてほしいと声をかけてきたのだ。
誰もいない研究室は薄暗く、古びた棚にぎっしりと詰め込まれた紙の書籍たち。それらが全て、不気味な雰囲気を醸しだしていた。
「今回の論文のテーマはどういったものにするんだ」
「恋愛感情とそれに伴う犯罪係数の変化についてです」
「それはまた…」
「ふと、思ったんです。潜在犯という存在ができて、人を憎い、妬ましいと思ったら犯罪係数が上昇している。それなら、恋愛において、人を思うことで犯罪係数はどのようになるのか調べたいと思ったんです。恋人のいない私が書くのも変かも知れませんが」
「君くらい異性から好意を持たれていれば、恋人ぐらい」
「私には、恋人なんていません」
彼女と目があった。
「怖いんです。恋愛で自分が抑えられなくなってしまったらどうなるのか」
私はその時初めて気づいた。彼女の瞳が熱を帯びていることに。
そして…

その日から、彼女は私を避けるようになった。講師の立場上、私もその対応に安心していた。
彼女が卒業して、時間が流れ、時代が流れ、世界は変わった。世界はシュビラシステムを中心に回っていて、心の闇は全てそれによって暴かれるようになった。

歳をとって、私もかつてしがない一講師だったが教授と呼ばれるところまで出世した。
厚生省公安局で講義をするなんてあのころは思ってもみなかった。
本日の受講者リストを見ていて、ひとりの男に目がとまった。
黒髪に少し吊り上った猫目、薄い唇。名前の欄には、コウガミシンヤと書かれていた。
「そうか」
リストを閉じて、深呼吸する。
風の噂に聞いていた。彼女は母となり、一人で息子を育てていると。
外を見ると、曇り空が広がり、水滴が忙しなく窓ガラスにぶつかっている。今日もあの日と同じ雨である。

彼女の卒業論文。最後のページ。彼女なりに考えて、出した答えなのだろう。



私を愛せないのなら死んでください。
あの時、自分の中に確かにあった彼女への愛情は、伝わることなく死んでいった。
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