6 | ナノ
彼女と出会ったきっかけは教師時代だった頃、今でも鮮明に覚えている。
学園内にある搬入車専用道路に、車に轢かれたであろう猫が横たわっていた。そしてそれに群がりだすカラス。残酷で美しい食物連鎖の世界、その素晴らしい光景を僕は校舎の二階から眺めていたのだ。何人かの人間が、この光景が見えるであろう位置を通っていたが、目を細め嫌悪感を抱きながら通り過ぎるばかり。あぁ、やはり並の人間はつまらない。失望感からの飽きで、その場を離れようとした時、カラスが一斉に鳴いた。…何だ?再びそちらに目をやると、一人の女が箒を持ち、カラスを追っ払っていた。僕にはその行動が何を示すのか全く理解出来ず、そのまま眺めていると、その女はカラスに喰われた猫の死骸をひょいと持ち上げ、木の影に入っていった。やはり理解出来ない、何をする気だ?その先の行動に興味が湧き、柄にもなくその場から駆け出し、息を殺して物陰から女を観察した。女は木の側に穴を掘り、そこに猫を埋め再び土を被せた。…墓を作ったのか。彼女はそこで少し拝み、そして何事も無かったような顔をして校舎に戻っていった。
僕は自分の事を異常だと理解している。そして、そんな僕から見て彼女は異質だった。だから惹かれたのだと思う。
あの出来事をきっかけに、僕は彼女を観察し、声を掛け、関係性を深めていく事に努めた。しかし同時進行で進めていた事柄により、何も告げられないまま離れる事になってしまったのだ。少し見ない間に彼女が変わってしまっていたら、という僕の不安は杞憂に終わった。


「貴方が望んでも、私は永遠になどなりませんよ。藤間さんの提案は、非人道的です。」

「それでも僕は君を望む。人としての終わりが、明日来ないとも限らない。君が注意していても、第三者からの不意なる事故という可能性も否めないだろう?」


「その時はその時です。」


そういつもと変わらぬ口振りで話す彼女に、少し安心する僕がいて、何だか笑いそうになってしまう。
厚生省の権限を使い、半ば強引に彼女を招いた。窓も何も無いこの密室で二人きり、彼女から見て僕は見知らぬ女。そして声も身体も違う入れ物で、自分は藤間だと告げた。明らかに普通じゃないこの状況で、姿形を変えた僕に対して、彼女は「あぁ藤間さんでしたか」と、驚く素振りもなく淡々と事態を受け入れていた。やっぱり君は普通じゃないね。
僕はひょんな事から永遠の命を手に入れた、だけど彼女はそうじゃない。ならば彼女も僕と同じ道筋を辿って欲しいと思うのは、至極自然な事だろう。たとえ彼女が拒もうとも。


「決断を急いてる訳じゃない、ゆっくり考えてくれればいい。それに久しぶりの再会だ、今日は君の為に美味しい紅茶とお菓子を用意したんだよ?知り合いが勧めてくれた物なんだ。」

「…考えは変わりませんが、戴きます。」


そう言って彼女は冷静に、少し冷めたであろう紅茶に口を付けた。睡眠薬の入った、その紅茶を口にして、美味しいと呟いた。









「まだ、目覚めないつもりかい?」


四角い水槽の中で生きている脳は、何の反応も示さない。彼女に睡眠薬を飲ませ、身体を解体し、永遠の存在へと変移させたはいいが、まるでそれを拒絶するかのように彼女は眠りから覚めようとしない。らしいと言えばらしいのだけれど。


「君はまるで眠り姫だね。僕は王子にはなれないけれど、君の目覚めを永遠に待ち続けるよ。」


これでも僕は、君を愛しているから。
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