6 | ナノ
ふーっ、と息を吐き出せば白い煙が上空に向かって伸びていく。
一筋の線を引くようだ。
「・・・はっぴーばーすでー、光留。」
そう静かにこぼして、吸っていたタバコをそっと彼の墓石の前に備えた。
私が佐々山光留という男を思い出すのは、一年に一度きり。
彼の誕生日だ。

ほかの一係のメンツは、彼の命日にここにくる。
特に、狡噛さんなんかはまるで佐々山光留に取りつかれたように思い出しているのだろう。
最近は、光留の遺したタバコを吸うようになった。
日に日に、彼は狂犬に近づいている。

私はそれを報告するように誰もいないその場に呟いた。

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「こーんな、ひ弱な女の子に執行官なんてつとまんの?」

光留が、最初に私を見て言った一言がそれだった。
事実、私だって自分になんで執行官の適性が出たのか聞きたいぐらいだった。
少し年上の彼は、女に甘い。でも、現場の中に足手まといがいるのは勘弁願いたいようだった。
私だって、自分に何ができるのかはわからなかったし、ただ、更生施設から出られただけでそれはそれで幸せだったのだ。

光留は「死なないうちに施設戻ったほうがいいと思うけどね、」って私に言った。
その目は真剣だった。
危険と隣り合わせなのは、私だけじゃない。彼だって、周りの監視官だっていつ死ぬかわからない現場なのだ。
「更生施設で犬死するくらいなら、誰かのために死にたい、です、」
彼の雰囲気に、少し怖気づきながら私はそう答えた。

その答えが正解だったかはわからない。
それでも、光留はその時私に言ったのだ。
「若いのに惚れ惚れするセリフだな、・・・まっ、うちの飼い主様は優秀だからな、簡単には死なせてもらえないだろ、」
そう言って私の頭を撫でた。
その後ろで、当時の監視官だった狡噛さんと宜野座さんが小さく笑ってた。


時に、光留は厳しくて・・・・優しくて、温かい人だった。
最初は足手まといだなんだ、と言っておきながらも私のフォローは進んでしてくれていたし、宜野座さんに小言を言われるときもそれとなく助けてくれた。

「なんでもっと早くいわねぇんだよ、あー、腫れちまってるじゃねぇか!」
捜査の途中で足を怪我をした私に、一番に気づいて。
「大丈夫」って言ってるのも聞かないで、私を背負ってくれた大きな背中。
恥ずかしかったけど、嬉しくって。その背に顔を埋めれば彼の愛するタバコの匂いがしたのは今でもはっきりと記憶に残っている。


私が、初めてエリミネーターを撃った日もそうだ。
犯罪係数300の大きな捕り物だった。一緒にいたのは宜野座さんで、私ともう一人の執行官である内藤さんが駆り出された。
今考えれば、あの日宜野座さんは最初から私に撃たせる気だったんだろうな・・・・だから、ベテランの征陸さんや私に手を焼く光留を連れて行かなかったと今更気づく。
通過儀礼、のようなものだった。
いつまでも、普通の女ではいられないと。執行官になった以上は、猟犬になれと。
宜野座さんは私に示していたんだ。

現場慣れしているとはいえ、犯罪係数300の潜在犯にはめったに出会わない。
そんなめったに現れない潜在犯の処分を、私は命じられた。
引き金を引くまでは平気だった。
私が打てばその人間は死ぬんだ、・・・とかそういう変な躊躇いはなかった。
私が手を赤く染めることで、本物の執行官になれると思えば・・・・そんな意地だけで引き金を引いたのだ。
瞬間、暗い路地裏は血だまりと化して。私の頬にも飛沫がはねた。

ずっと、その場を見てた。
私は、「綺麗な」人間であることをやめてしまったのだ。潜在犯に「綺麗」と「汚い」があるとすれば、今までの私は少なくとも「汚い」わけではなかった。
光留や、狡噛さんや宜野座さん・・・一係のみんなにに守られていたんだ。
そう思って、なんだか悲しくなった。
宜野座さんも、内藤さんも呆然とその場にいた私に何も言わなかった。
鼻につく血の匂いが嫌で嫌で、逃げ出したくなった。


公安局の自分の宿舎に戻って、即効でシャワーを浴びた。
汚れを落としたかったんじゃない、血の匂いを落としたくて頭からお湯をかぶった。志恩さんに以前にもらった石鹸で体を赤くなるまで擦った。
吐き気じゃない。なんだか腹の底から悲しみがあふれ出てくるみたいだった。
しばらくして、左腕についている執行官のデバイスが音を立てる。発信者は宜野座さんだった。
お湯のせいでホロも投影できないだろうから無視した。大した用でもないだろう、ってそう思って。

それからまたシャワーに当たった。
どれくらいの時間そうしてたかわからなかった。
そしたら、突然お風呂場の入口に誰かの気配がした。
「みょうじっ!いるのか!?」
光留の声だった。
ビックリしながら、シャワーを止めて「いるよっ、」と返事をすれば光留が曇りガラスの前までやってきたのが分かった。

「ギノ先生が連絡しても出ないって怒ってるぞ。」
「お風呂入ってるんだから、仕方ないでしょ、それに私今夜はもう非番だよ?」
「2時間近く風呂入ってるバカがどこにいるんだっての。」
光留の呆れたような声が耳に届く。
「2時間?」
「ギノさんが連絡したのは4時ちょいだろ?もう6時になる。」
「そ、そんなに?」
慌てて立ち上がった。そのままドアを開けそうになったけど、そこに光留がいるのを思い出して「出るから、」と促せば「おっと、今日はサービスイイねぇ。」とふざけたことを言われた。
「・・・あとで征陸さんに言いつけてやる。」
「そこでとっつぁん出すのかよ!?ずりぃーぞ!」
そんなことを言いつつ大人しく脱衣所から出て行ったらしい光留。しっかり確認してから脱衣所に出て着替えた。

リビングに出て行けば、光留はソファーに座っていた。
足をでーぶるの上に載せていて、とてもお行儀がいいとは言えないけど・・・・。
「宜野座さん、何の用だったんだろ。」
「さぁねぇ、」
「・・・・それで、私に何か用事だったんですか?」
宜野座さんのことは置いておくとして、光留がなぜ私のところに来たのかと問いただした。
すると、光留は下から立っている私を見上げた。



「撃ったんだって?」
その問いに、私は頷いた。
「撃った。」
「・・・・そうか、」
少しだけ悲しげに見えた光留の目は、今でも覚えてる。

それっきり、光留は何かを言おうとはしなかった。
私が、何かを言うのを待っているんだと思った。だから、私はギュっと服の裾を握った。



「・・・消えない。」
「何?」
「血の匂いが消えないの、」
そう告げれば、光留はそっと私に手を伸ばした。光留の手が私の両腕を捉えている。
「この匂いにも、慣れるかな、」
「慣れるさ、そのうちな。」
光留は頷いて「心配するな、」と言いたげな顔をした。

「タバコ、持ってる?」
「は?煙草?持ってるけど俺はみょうじちゃんには吸わせたくないけどなぁー。」
「違う。」
光留の言葉を否定して、私は強請った。
「煙草、ここで吸って。」
「は?」
突拍子もない私の願い事に、光留は「ヤニ臭くなるけどいーの?」って言いつつもすでに上着のポケットからライターとたばこを取り出していた。

光留の匂いが好きだから、と言ったら光留が「おにーさんを誘惑しないでくれ、」ってちょっと苦笑いをしてた。
「血の匂いより、ずっといい。」って私が呟くと、私を自分の隣に座らせた。


「猟犬なんて、こんなもんだ。」
「・・・・うん、」
「女だからとか、男だから、とか・・・んなこと言ってられねぇんだ。生きるためには潜在犯を撃つ。じゃなきゃあすぐさま檻の中だ。・・・ま、ここもそう変わりはしないけどな、」
光留はタバコを吹かして、ふぅ、と息を吐く。
「・・・・みょうじ。」
「何?」
「ギノせんせー、たぶんお前のこと心配してた。」
「そっか、」
「あの人、変なところで心配性だからな、・・・・ま、顔見せてやれよ。」
「うん、」


いい子だ、とがしがしと光留に頭を撫でられた。
なんだか、ようやく気持ちがホッとしてそのまま光留に体を預けた。
一瞬戸惑ったような、彼だったけどシャツに顔を埋めて啜り泣く私に気づくと、何も言わないでただそこで煙草を吸っていてくれた。

気づいたら、そのまま私は寝てしまったらしい。
起きたら光留の膝の上にいてびっくりした。
そして、同時に鼻を掠めたのは煙草の匂いで、それにひどく安心した。
「佐々山さん、ありがとう、」
そうお礼を言うと、光留は「おう、」って短く笑っていた。



それからも、私と光留は仲良くしていた。
私が落ち込んでいるときには傍にいてくれたし、彼が疲れているときには肩をもんであげたりした。
いつの間にか、私は光留が好きになってた。
恋人にはなれないと思った。言えば、光留が離れていくような気がしたしこのままでもいいと思った。
彼は私でなくても、誰の物にもならないから。


だから、光留に突然キスされたときには死ぬほど驚いたのだ。
「嫌なら、逃げろ。」って言われたけど、私は嬉しかった。
「できない、」って言って抱きしめれば光留は噛みつくように私の唇にキスをした。
オオカミみたいだった。
その時も、タバコの味がした。
私の大好きな匂いだった。


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光留が死んでも、私は変われなかった。
悲しかったし、一緒に死にたいとさえ思った。それでも、私は出来なかった。
「誰かのために死にたい、」と彼に言ったのだ。
もしも、彼への愛のために自殺してもきっと光留は喜ばないだろう。
そして、私の自殺は正義の糧にはならない。

「・・・執行官にね、光留くんの後任が入ったんだよ。」
返事のない空間は、寂しい。
「初日にね、口説かれちゃった。」
そう吐き出して、笑う。
「・・・・心配しなくても、光留のことは今でも大好きだよ。でも、」

私と光留は違うね。


光留は死んじゃったけど、私はまだ生きてる。
その違いは近いようで遠いものだ。
「もう、血の匂いなんか気にならなくなったよ。」
苦笑いして立ち上がった。
今、私の身を包むのは少しだけ苦いタバコの匂いだった。


「・・・・愛してるよ、光留。」
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