6 | ナノ
彼女にとって絵を描くという行為は自慰行為に似ていた。

初めて出会ってからもう随分経つ。少女らしい発達不良であった身体も、すっかり大人のそれになっていたが、彼女の精神は何一つ成長していなかった。いや、正しくはさせなかったのだ、この僕が。彼女は非公認の画家ではあったが、描く絵の評判は良く裏ルートを通して高く売れた。別に高く売れるから価値があるなどと安易な考えを持っている訳ではないが、自分が支援する画家が売れるのは嬉しいものである。

画材の独特な匂いが染み付いた仄暗いアトリエには一心不乱に筆を走らす音と、荒い呼吸、ページを繰る音。身体的接触はまったくといっていいほど無い。しかし、時たまキャンバス越しに視線が交わる時、僕らもまた交わっていた。

彼女は今日も一心不乱に筆を走らしていた。上気した頬。うっすらと開いた赤い唇。時折跳ね上がる薄い肩。浅く上下運動を繰り返す小振りな膨らみ。触れたい。触れて、何も知らない体を開いて、ぐちゃぐちゃにしてしまいたい。所詮、僕も男なのだ。しかし、彼女の持つ神聖な何かの為にそれは憚られた。それでもそんな浅ましい想像をしてしまうのは、所詮僕も男だということだ。ふいに筆が止まり、ゆっくりと下ろされた。

「出来たのかい?」
「うん。まだ少し手直しするけど」
「見ても?」
「…いいよ」

気恥ずかしそうに俯く彼女の背中に回り込み、キャンバスを見た。そこに描かれていたのは、今まで何人もの画家達が挑んできた受胎告知の場面であった。緻密なタッチがマリアの青い服の柔らかな弛みと、それがまとわりつく肉感的な身体を作り上げ、そのマリアの顔は慈悲深い笑みを浮かべることなく、黒く渦を巻いている。そして受胎を告げにきた天使は僕の顔をしていた。左手には白百合を持ち差し出し、右手には鈍く光る大鎌を背中に隠している。曰くありげに弧を描く天使の唇をなぞり、まさに恍惚の表情で彼女は笑った。

「聖護さんはね、天使なの。マリアに受胎を告げるように、皆の中の救いたもう主の懐妊に気付かせて回っているの」

グルグル渦巻くマリアの顔から腹へ。絵の具はすっかり乾いていたはずなのに、仄かに暖かかった。

「でも、最後は魂を刈り取ってしまうの」

不穏な輝きを放つ鎌は、僕の背後でひっそりとその時を待っているらしい。

「…聖護さんと出会いたくなかった」
「どうして?」
「意地悪。わかってるくせに…」

少しいじめてやりたくなったので、知らんふりをすると不貞腐れながらも可愛らしい唇は動いた。

「私の世界には私と綺麗な物しかいらなかったのに、聖護さんが私の全てになってて、私あなたがいなくなったらもう絵が描けない。描けなくなってしまう。……私の世界から聖護さんが消えてしまうのが怖い」

庇護欲や優越感、独占欲。そして劣情。そんな汚いものはおくびにも出さずに、僕は消えたりなんかしないよ、と優しく笑いかければほっとあどけなく笑う愚かで、尊い女。その薄い腹にそろりと、触れてみた。彼女に触れるのは初めてで、触れあったそこから微弱な電流が流れているかのように指先がぴりぴりとした。薄い布越しの更に奥にある、女にしかない神聖なそこに僕はいつか手を伸ばしてしまうだろう。そして、汚してしまうに違いない。どうかその前に。さながらイエスを処女のまま受胎したマリアのように、もし命を宿してくれたのならば、僕はこの世界に救いを見つけられるのかもしれないのに。
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