6 | ナノ
※ 夢主(故人)の兄視点



生温い。
そう吐き捨てれば、背後で誰かがくすりと嘲笑った気がした。俺は目をふたたび閉じて、また開いてみる。やっぱり現実は変わらない。
そうか、この世界はこんなものか。――また笑う声がした。



首から下げた婚約指輪は妹のものだ。小指なら嵌まるはずだが、こうしているのに理由はない。
昔、妹は狡噛慎也という俺の先輩監視官と恋に落ちた。俺が二人を引き合わせた。なにもかも順調なはずだった。

狡噛先輩の執行官降格――すなわち潜在犯認定は妹をひどく狂わせた。衰弱しきった妹は、虚ろな瞳で俺に尋ねるのだ。

「しんやさん、どこ……? あわ、せて……よ」

俺は酷く狼狽し、困惑し、畏怖した。掛ける言葉など、見当も付かなかった。数日後、妹は入院先の病院から脱走を試み非常階段から飛び降りて命を絶った。
遺書はなかった。留守録に、ひたすら「慎也さん」と呼ぶ声だけが入っていた。我が妹ながら、おぞましく感じた。

ああ、引き合わせてはいけなかったのだ。
妹の愛は自分ひとりでは到底抱えられなかったのだ。だからこそ、兄の俺は愛を最期まで全うするような男を選ばなければならなかったのだ。



「ねぇ、狡噛先輩。何色にしましょう」
「赤」
「……不謹慎じゃないですか?」

妹の命日。ちょうどオフだった狡噛先輩と、墓参りに行った。人工的に作られた花を一瞥するも、正直妹の好みを思い出せない。

「……よく、情熱のなんとかといって飾ってたからな」
「じゃあ、それで」

じゃらり、首のチェーンが揺れた。違和感だけが淡く残るように、肌にひやりと張り付いた。

寂れた墓標。他に訪れる者はいない。妹へと花を手向けたのち、狡噛先輩へとあるものを差し出した。

「貰って下さい」
「これはなまえ唯一の遺品じゃなかったのか」
「だからこそ、ですよ。だって好きな人の傍のがいいじゃないですか。きっと、なまえも喜びます」

渋る狡噛先輩の手のひらに指輪を握らせた。胸につっかえていたものが、すっと消えた気がした。
誰かの声がか細くなって、気配も消えた。
これで良かったのだ。狡噛先輩の左手……小指に光る白銀に目を細めた。


――よかったな、なまえ。やっと戻れて。あの人の薬指のとなりに。
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