5 | ナノ
「なまえちゃんってさ、食べてるとき幸せそうだよなぁ、」
「はい?」
食堂で、テーブルを挟んで佐々山執行官とお昼ご飯を食べていた。
目前にあるのは、温かそうなハンバーグ定食と、プリン。プリンは佐々山執行官がおごってくれたのだ。
今は狡噛くんと宜野座くんが勤務時間で、私は束の間の休み時間を満喫していた。
ご飯食べに行ってきますー、と声をかけたところ「俺も行く。」と佐々山執行官もついてきたのだ。

そして、私がハンバーグを一口食べた直後の彼が言った一言がさっきのセリフだ。

「だから。ほんっと、上手そうに飯食うよなぁって、」
「そうですか?」
「おう、見てて飽きない。」
「恥ずかしいんであんまり見ないでください。」
私がそう笑えば、佐々山執行官は目じりを下げて笑う。部下だけど年上の彼は、事件なんかの血なまぐさい騒動に関しては怖いくらいに狂犬ぶりを発揮するけれども、こうしてオフの時は、人のいいお兄さんだ。・・・私にとっては、だけど。

狡噛くんや宜野座くんに対してはまた別な性分を発揮しているようで、あの二人は佐々山執行官に振り回されてる。
佐々山執行官は、チャーハンをつっつきながら「向こうでもよく狡噛たちに餌付けされてるじゃん。」と笑っている。
「餌付け、って。ただ狡噛くんたちが女の子に貰ったお菓子のお零れをもらってるだけです。」
一係は監視官二人が二人して色男なせいで、周りの女子の視線が痛かったりもする。
そこに佐々山執行官が絡むと手が付けられないのだ。

「ほら、佐々山さんもさっさと食べて戻りましょう。」
「えー。」
「えー、じゃありませんよ。標本事件、さっさと片付けたいでしょ?」
私がそう笑うと、佐々山執行官は「食事の時に標本の話は勘弁してよなまえちゃん。」と苦笑いした。
今更そんなことを気にするような柄じゃないでしょうに、と半ばあきれながら私は口をつぐんだ。このところ、妙な事件が立て続けに起こってるから、狡噛くんも宜野座くんも疲れているだろう。私も、もっとしっかりしないと。と、心の中で喝を入れる。
そんな私を見透かすように、佐々山執行官は「なまえちゃんさぁ、」と目を細めた。
「なんです?」
「・・・・無理するんじゃねぇぞ?」
「へ?」
「いや、気合い入れてるからさ。そんなんじゃ色相濁るって。」

そういうことは、私じゃなくって残りの2人に言ってあげてくださいな。
そう思ったものの、きっと彼のことだ「野郎の心配なんかしてどうすんだよ、」と嘆くに違いなかった。
「大丈夫です。心配してくれてありがとう。」
「心配、ね。」
佐々山執行官は「俺はなまえちゃんには笑ってほしいだけ。」と呟いて立ち上がった。
「私も、現場の佐々山さんは頼りにしてますけど・・・でも、やっぱりお兄ちゃんみたいな佐々山さんのほうが好きです。」
そう伝えると彼は静かに笑った。
そして、ぐしゃぐしゃっと私の頭を撫でるのだ。

「なぁ、なまえちゃん。」
「はい?」
「もしも、いつか俺が殉職したときはさ、」
縁起でもないことを、と思ったものの佐々山執行官はいつもより真面目な顔してたから何も言えなかった。
「下手くそでもいいから、」
今のまんまで、笑っててくれよ。と、佐々山執行官は言った。
「そんなこと、言わないでくさい、」
「ははっ、なまえちゃんがメソメソ泣いてると、不安になるからよ。」
そして、一瞬息をのんだ私の額に軽くデコピンをして「先に戻ってる。」と廊下を歩いて行ってしまった。





佐々山執行官がなくなって、一年がたった。彼は、標本事件の捜査の最中に・・・・あっけなく死んでしまった。私に残されたのは、彼と交わした約束だけ。あの人は、もしかしたら自分がああなることを予想してたんだろうか。
あの突発的で、不気味な彼の「殉職」発言と私への願いは今も私だけのものだ。
狡噛くんにだって、宜野座くんにだって打ち明けたことはない。

あの時の、彼の言葉と表情はいまだに私の心にしっかりと根付いて離れはくれなかった。
「なまえ、大丈夫か?」
「え?」
隣にいた宜野座くんが私を見る。
「落としているぞ。」
「あっ、ごめん。」
デスクから滑り落ちた物を拾ってくれた宜野座くん。
拾い上げた彼は、それを見て少しだけ眉をひそめた。

「まだ、持ってたのか?」
「うん、捨てられなくって。」
佐々山執行官の、音声メモリ。
死ぬ間際に、録音されたらしいその声は紛れもなく佐々山執行官の声。
「なまえ、」
「なぁに?」
「お前は苦しくはないか?」
「え?」
「俺は、お前が佐々山と交わした約束がどんなものか知らない。だが、その約束に縛られているなら・・・。」
宜野座くんは目を細めて私を見下ろしていた。
彼も、表面上は平静を装っているけど。きっと私と同じく今でも佐々山執行官を忘れられないのだろう。

「・・・・私にできることなんて、限られてます。」
「・・・。」
「彼との約束を守ることで、少しでもあの人が救われるっていうなら、」


そっと宜野座くんに向けて笑った。

「私は、佐々山さんが望んでいた通りにしてあげたいと思います。」
「・・・そうか、」
「はい。お気づかい、ありがとう。」


ねぇ、佐々山執行官。
私この一年で随分作り笑いが上手になりました。
今でも、貴方を思うと辛くなります。・・・それでも、貴方がどこかで私を見守っていると思えば涙は出ないんです。
貴方が、私を苦しめたくてあんな約束をさせたわけじゃないことを、わかってます。

≪なまえ、約束。忘れんなよ、≫

音声データのあなたの声は、どこか遠くて。
でも、やっぱり優しかった。
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