5 | ナノ
外見だけではその人のことを理解するのは難しい。第一印象を与える際には外見というのはもっとも大切だが、人が他人と関係を持つと必ず内面を見ることになる。その時、相手の内面が外見に似合わず嫌になってしまうことはよくある話だろう。



そういう状況に陥らないためになまえは日々をやりこなしていた。つまり彼女にも人には見せていない内面があるのだ。



勿論、人間は皆猫かぶりだとか、素直が良いことだとは限らないなど言われていたが、それは何十年も前の話だ。シビュラシステムがある現代は人が人を疑わなくなった。だから皆が皆猫かぶりというわけではない。



だが、なまえは内面を隠している。ついでに言うなら外見も偽っていた。流行に乗ってイマドキの可愛らしいメイクをしている。



「あ、やべー、書類忘れた。なまえちゃん、何とかして。」



突然、縢から助けを求められた。現在、彼となまえ以外の者は席を外している。書類を忘れるとは可哀想な話だが、生憎手伝っている暇はない。



「自分でなんとかしなきゃ。」



正論を言えば、縢は唇を尖らせた。彼のこういう子供っぽいところに妙な愛嬌を感じるようになったのはつい最近のことだろう。



彼は暫く眉を寄せて考えていたが、覚悟を決めると、勢いよく席を立ち上がった。



「んじゃ、ちょっくら帰るわ。」



彼はそう言って職場から去る。おいおい、監視官がいないと出歩きできないんだぞー。と軽く睨みつけながら彼の背中を見送る。



監視官なら、勿論なまえが監視官だからついて行っても良かったのだが、彼女はそうしなかった。理由は彼の部屋まで行くのが面倒なことと、それよりも大事な用事があるからだ。



(それに、彼のことは多少なりとも信頼してるし、逃げ出したりしないでしょ。)



彼女はそう思いながら彼の姿が完全に見えなくなると、すぐさまデスクの引き出しからとある物を取り出した。



それはゲーム機。縢が持っているものと似ている。彼の同伴よりも大事なこととはゲームをすることだった。つまり、なまえはゲーマーである。



幸いなことに今は職場に誰もいない。息抜きも必要だ。だからサボろう!単純にそう考えた彼女は早速ゲームに夢中になる。



実はなまえがゲーマーであることは彼女の秘密であった。もしバレてしまったら皆に引かれてしまう。だから彼女は誰もいない時にゲーム機を手にするのだ。



(うわー!超楽しい!)



心をワクワクさせながらゲームに熱中していると、突然職場の扉が開いた。しかし一大事な場面にさしかかっていたところだったため、なまえの反応が遅れた。



「あ。」



と、何故か肩で息をする縢の目線はしっかりと彼女のゲーム機に向けられている。



(うげ!)



最悪なところを見られたとばかりに顔をしかめるなまえ。何か言わなければ。そう焦った時、またもや扉が開いた。中へ入ってきたのは宜野座だ。彼も何故か肩で息をしている。



そして彼を見て「げっ!」と声をあげたのが縢だった。因みになまえは彼と同じ言葉を心の中で吐いて、すかさずゲーム機を隠していた。



宜野座は息を荒げたまま目を鬼にする。



(あ、怒鳴られる。)



一日一回は見ている光景なので慣れてしまったが、正直煩い。そして予想通り彼は怒鳴った。



「縢!お前は仕事中に何フラフラしているんだ!」

「いや、それは忘れ物を取りに帰ろうとして…。」

「黙れ!」



縢の言葉も宜野座の前では言い訳にしかならない。言葉を遮られた彼は言い返すことができない。すると宜野座は次になまえへ鋭い視線を向けた。思わずビクリと体が反応してしまう。



「お前もだ、なまえ!監視官なんだから、もっとしっかり見張れ!」



なんという言い様だ。彼だって一応人間なんだから基本的人権を尊重しろよ。なんて思ったが思うだけにしておく。言い訳を述べて縢の二の舞になるのはごめんだ。



(てか、縢ももう少しバレないようにしてよ!)



お前のせいでとばっちりをくらったと言わんばかりの目線で彼に訴える。すると彼は不機嫌そうな眼差しで軽く睨んできた。そして次の瞬間、宜野座に向き合ったかと思うと、



「俺、知ってるんスよ。なまえちゃんがゲー、」
「ぎぎぎぎぎぎ宜野座さん!私、縢の忘れ物取りに帰るの同伴するので失礼しますね!」



すかさず上司の名前を噛みまくり、適当な、それでいて妥当な口実をでっち上げると、素早く縢の腕を掴んで職場を後にする。その行動は宜野座にも縢にも止められなかった。



一方なまえは彼の腕を力強く握っている。爪で容赦なく肉をえぐっていた。



「いてーよ!」



宜野座から逃れた縢はバッと彼女の手を払いのけた。しかし謝罪もしないで、痛がる彼の表情を睨みつけるなまえ。その目はまさしく鬼だ。だが同時に不安の色もあった。



「さっき、何を言おうとしたの?」



震える声で尋ねるなまえに、縢は痛みも忘れて、全てを理解したかのような雰囲気を纏って答えた。



「なまえちゃんがゲームしてたってことだけど?」



ニヤリと笑う彼にはこれ以上隠せる自信がない。うわー、サボっているところを目撃された上、見られてほしくないものを見られてしまっていたとは!



「まさか監視官殿がサボってるなんてねー。しかもゲームしてるとか。」



ゲームのところを強調するのが気にくわなくて、なまえは彼を睨みつけた。



「縢だってゲームしてサボってるじゃん。」



またまた正論を述べたなまえだったが、今度は先程みたいに上手くいかなかった。彼はニヤリと笑ったまま言う。



「宜野座さんにチクっちゃおうかなー?」

「ちょっ…!やめて!チクらないように命令するよ!?」



半ば本気で言う彼女が面白いのか、縢がクスクス笑った。なまえは怪訝な顔をしながら「何よ?」と尋ねる。



「いやぁー、別にチクられても問題ないじゃん?って思って。」

「問題あるって!」



なまえが真面目な表情で声をあげた。そこまで真剣な彼女が理解できなくて彼は首を傾げる。すると彼女はおずおずと目線を泳がせながら口を開いた。



「私が、ゲーマーだって知られたら、きっと、皆ビビるよ。」



消え入りそうな声で呟くということは、余程気にしているのだろう。彼女はゆっくりと視線を縢に向けた。



「縢も、正直驚いたでしょ?」



そう尋ねた瞬間、彼は首を横に振った。そして、いてもあっさりと、



「いいや。」



と、言ってのけたのだ。当然なまえは驚くわけで。理由を求めるような目で彼を見つめていると、彼は照れくさそうに視線を逸らした。



「まぁ、確かに最初は驚いたけど、正直それよりも嬉しさの方が大きかったっつーか。」



嬉しさ?首を傾げる彼女に縢が笑顔を向ける。



「ゲームをできる相手が居てよかったなって。尚且、その相手がなまえちゃんとか嬉しすぎるっしょ!」



無邪気に笑う彼は大人には見えなくて。その表情をぼんやりと見つめていると彼は言葉を続けた。



「まぁ、知られたくない秘密の一つや二つは誰にでもあるから皆には秘密にしておいてやるって。脅しとかには使えそうだけど。」



おいおい、女子相手に脅しとか物騒なこと考えてんじゃないよ、潜在犯が!そんなことを思って思うだけでは済ませないようにしようとしたのだが、結局思うだけで終わってしまった。



なぜなら彼の言葉を聞いて嬉しいと感じている自分がいることに気づいたからだ。



彼の前でなら秘密の一つくらい共有しても構わないかもしれない。一緒にゲームがしたい。素直にそう思った。



大人がゲームをしているなんて子供っぽいと思われるかもしれないが、それを思っているかもしれない彼だって、なまえの目から見れば十分子供っぽい。だから似た者同士楽しみたいと思ったのだ。



「あ、なまえちゃんってどんなゲームするの?」



縢が話題を持ちかける。なまえはニッコリ微笑みながら彼の質問に答えることにした。そこからは秘密を共有した者同士のとても楽しい会話が続いた。
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