5 | ナノ
 一係執行官、縢秀星。その彼と恋愛関係……つまり『恋人』と言う関係になった女性がいる。執行官とはつまり、一定の監視下に置かれて一生を過ごさねばならない存在だ。彼の場合は僅か五歳にして施設に入れられている。他の、生きている人間としてあるべき他者との関わりも交流も楽しみ方も何もかも奪われて、それでも自分なりの楽しみ方、生き方を模索して与えられた環境下の中で生きている。
 そんな彼が、恋人をつくるとは。
 その事実は周囲を驚かせた。執行官は恋をしてはならない、と言う決まりはない。執行官と言えども人間なのだから。それなりの欲求や感情はあって当然だ。それでも彼にそんな対象がいるとは、誰も思わなかったのだ。

「いやーすごいって! あのギノさんまで驚いてたぜ!」
「縢、笑いすぎだ」
「これを笑わずしていつ笑うんだってーの。なまえちゃんも笑っとけば?」

 みょうじなまえ。
 それが縢秀星の『彼女』の名前。そして彼女もまた、彼と同じ立場の人間である。二係執行官。それが彼女の役目。今日の昼間、縢が一係の面々に嬉しそうに話していた内容では、彼女とは同じ施設の人間だったと言う。そこではたいして交流することなどなかったのだが、執行官になって歳も近かったと言うこともあり、自然と話をするようになった、とのことだった。
 ありふれた出会い。誰にでも有り得る職場恋愛。誰もがそう思った。あの宜野座までもが珍しく驚いた表情をしていたのだ。それだけで縢はこうして腹を抱えて笑ってしまうほどだった。そんなわけで、こうして彼女を自室に招いてその時のことを面白おかしく話しているのだが、聞いている彼女の表情は一切変わらない。

「特に面白くもないからな」

 表情を変えることなくきっぱりと返答したみょうじはテーブルにあったお酒に手を伸ばした。先ほど彼女だけで一本飲み干していたと言うのに、どれだけ飲むのか。
 そう目線で縢は訴えたが彼女がそれを気にした様子は全くない。むしろ知ったことではない、とでも言わんばかりの態度だ。

「はー……そういうとこ、クールだよな。何か面白いことねえの」
「生憎何もない」

 僅かに口元を綻ばせながらお酒を嗜む彼女に「あ、そ」と縢は呆れたように言葉を返し、自作の料理にフォークを刺した。
 自分で言うのもなんだが、中々美味しく出来ている。
 目の前の彼女は料理よりお酒を好んでいるようだったが、それでも普段よりは箸が進んでいるようだった。それはとても分かりにくいが、彼女が料理をおいしく食べている証拠だった。彼女は小食だった。それこそ、縢がこうして自作の料理を半ば無理矢理食べさせるほどには。

「それで?」

 何やら促した彼女に、縢は首を傾げた。はて、彼女は何を促しているのだろうか、と。
 お酒ならば彼女が封を開けたこの一本で最後にしてもらわないと明日の仕事に支障をきたすのではないかと縢は思う。尤も、感情が滅多に表情に出ない彼女にそんな気遣いは無用かも知れなかったが。それはそれ。一応恋人と言う立場を大袈裟に公表したのだ。気遣い素振りくらい見せておくべきだろう。例え二人しかいない空間であっても、だ。

「それで、このごっこ遊びはいつまでするつもりだい」

 恋人同士。
 その関係を聞けば、誰もが両社は愛し合ってその位置に落ち着いたのだろうと思うだろう。しかし、世の中には愛がなくても恋人と呼んだり、肉体関係までも結べる関係性も存在する。……まあ、彼等の間にそう言ったことはまだないのだが、分かりやすく言うと彼ら二人の間に特にこれと言って、互いを唯一無二の存在だと思いあうほどの強い恋愛感情はなかった。
 それではなぜ、二人は恋人同士に至ったのか、と思うだろう。

「んー……とりあえず一年ってとこで」
「とりあえず、ね」

 気まぐれだったのだ、それは。最初は縢が言い出したことだった。普通の人間として過ごすのならば、そう言う相手がいても良いのではないかと。猟犬として過ごす一方で普通の人間として誰かを愛すような真似事をしてみるのも、良いのではないかと。そう思ったのだ。
 ただ、相手が誰でも良かったわけではなかった。
 そこで思い浮かんだのが彼女だった。みょうじなまえ。刑事課の女性は可愛げのない女性ばかりだが、彼女もまたその部類に含まれる。むしろ何を考えているのかさっぱり分からない。それはどれだけ会話を重ねてもだ。
 そう思うといつの間にか彼女にこの話を持ちかけていたのだ。そして彼女もあっさりと、そう、驚くほどあっさりと受け入れてしまったのだ。

「なあ、ほんとに良いわけ? 何かあっさりすぎねえ?」

 こんな問いを彼は今までにも何度かしている。それは今日こうして第三者である皆に公表するまでも何度かしているのだが、彼女の答えはいつも同じだった。

「私は良いよ。それで構わない」

 縢秀星には彼女のことが良く分からない。いつもは笑いもしないくせに、こういう時だけ微笑む彼女のことが、さっぱり分からない。


「私からすれば、縢の方が分からないんだが」

 逆に、彼女からしてみれば縢秀星のことが良く分からなかった。
 彼女は自分が他人にどう思われているかを良く理解している。周囲の評価の声を漏らすことなく聞いている。彼女は昔から大人たちにどう思われるか、どう振舞えばいいかを考えて行動していた。可愛げのない子ども、と一言で言ってしまえば良いのだろうか。相手のして欲しいこと、こうであってほしい、と言う考えを読み取ってその通りに動く。それが彼女だ。
 そうして生きてきた彼女の人生の中で、縢秀星と言う人間は不思議だった。自分と同じ執行官と言う立場でありながら、自由奔放そうに生きている。けれど良く見ればそれは自分と大差のない環境下での自由。いや、自由とはあまり呼んで良いものではないのかも知れない。それでも、彼は彼女が今まで生きてきた中でも、あまりみないタイプの人間だった。

「そぉ? 結構分かりやすいと思うんだけど」
「全く分からないよ」

 自分でこう言った料理をすることもそうだ。彼女はあまり食欲旺盛なほうではないが、こうして美味しい料理を振舞ってもらえれば自然とない食欲も湧いてくる。お酒も美味しい。何より、あれやこれやとどうでも良いことを面白いように話すさまは、ある意味尊敬に値するほどだ。
 二係の面々ともこうして長く話すことはなく、大抵沈黙に耐えかねて向こうから彼女の隣は避けるようになる。それに比べて縢はなぜか彼女に料理を振舞う。
 謎だった。
 良く分からない人間だからこそ、いつの間にか知りたいと思うようになったのだ。それが、ごっこ遊びだとしても。

「……なまえちゃん酔ってる?」
「酔っていない。……なぜ?」
「いや、今日は良く喋るなと思ってさ」

 機嫌良いじゃん、と笑う縢に「良くも悪くもないね」とだけ冷たく返す。そうすれば彼は肩を竦めて見せただけだった。
 食事ももう良い頃合だ。洗い物をしてしまおう、と二人はやっと重たい腰を上げた。縢の頬が僅かに赤らんでいるのはお酒のせいだが、彼女も同じように、いや彼以上にお酒を飲んでいたはずなのだが全く赤らんでいないと言うのはどういうことだろうか。
 こいつ朱ちゃんと同じかよ。
 そう縢が心の中で思ってしまったのは置いておくとして、彼女は滅多にキッチンに立つことはない。よって、今もどうしたものかと立ち尽くしていた。やがて困り果てたように縢の方へ顔を向けて口を開こうとしたのだが、それよりも先に笑って縢が声をかけた。

「……やっぱ機嫌良いじゃん」

 今日は泊まってくんでしょ?
 その問いかけに、彼女は僅かながら眉間に皺を寄せてはいたが、小さく頷いた。
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