5 | ナノ
*当サイトのキャラ設定により狡噛と付き合ってます。
*連載のネタばれ含むかもしれません。




『ん、せ…先生』
「どうした、なまえ?」
『.......いえ、何でもないです』


布が擦れる音に混じって自分の熱に浮かされる声が聞こえる。
無意識のうちに呟いた名前に先生が反応する。



「なまえ」
『ん』


そっと啄ばむように触れ合った唇。
私が特に抵抗をしめさないと分かると、それは次第に深さを増していく。
この時はいつも胸が痛む。
いつもは人の凡てを見透かし、一突きで核心に触れて、そうやって数多の人を翻弄してきただろう先生が、私に触れる時だけはまるで探るかのような態度をとる。


「なまえ、好きだよ」
『...私もです」


さらりと口をつく嘘。
先生と私の好きの意味が違うことくらい充分理解している。
そして私がそれを向けるべき相手が誰だかも。


(狡噛さん)


今ここにいない彼の名前を呼ぶ。
きっと狡噛さんは必死に自分を探してくれている。そんな確信が心のどこかにある。


慢心、驕り


そんな表現に似つかわしい醜い考えが確実にあるのだ。
でも私は弱いから、その醜い部分から目を逸らそうとしている。
そのために私は先生の想いを利用している。
先生もそんな私の気持ちに気付いているのだろう。
気付いていて咎めない。

お互いシュビラに弾かれ、この世界でいう人間の定義から外される。
そんな疎外感を共有できる存在を繋ぎ止めるため...

『"恋と言うのは、それはもう、ため息と涙でできたものですよ"』
「シェイクスピアだね」
『はい。ロザリンドの魔法の話の後、それぞれの片思いを訴える台詞です』
「すれ違いを謳うとても哀しい歌だ」

そう言って槙島は身体を起こす。
改めて向かい合わせると、その顔に浮かぶ悲しみの色が露わになり、なまえは思わず声を失う。
いつもは輝きのある琥珀色の瞳には、ほんの少し陰りが含まれている。
その陰りに惹かれるようになまえは槙島の頬に手を這わす。

陶器のような滑らかに白い肌はその見かけによらず、温かみを感じる。
生きている証である血液が、肌一枚隔てた下で脈々と流れている。

確かに生きているであろうこの人には、その陰りの所為か…
その存在感を感じられなくなる時がある。


そして自分はそれが途轍もなく怖い。

『先生』
「なんだい?」
『先生は居なくなったりしませんよね?』


なんて愚かしい問い。
結局自分は臆病者なだけなのだ。
狡噛さんを心の中で思い完全に裏切ることが出来ず、かといって先生が居なくなるのも耐えられない。

二律背反、矛盾する気持ち。
そんなモノを抱えながら誰かに縋る自分は物凄く醜いじゃないんだろうか、なんて考えが頭の中を過る。

「何を言ってるんだい、僕が君を一人にする筈がないだろう」

そう言って槙島は自分の頬に添えてあった手を己の掌で包み込む。

「怖いなら、寂しいなら、僕の傍に居ればいい。
僕は決してなまえを拒んだりしないから」

甘く囁くような声で紡がれる言葉になまえは思わず泣きそうになる。


(あぁ、だから私は……)

この関係から抜け出せないのだ
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