5 | ナノ
ねえ、槙島さん。

あなたはどれだけ自分を傷つけたら気が済むのですか。その複雑な考えはこれからもずっと私には理解できないのでしょう。そして私もずっと変わらない、永遠に。





「―――正義は、議論の種になる。力は、はっきりしていて議論無用である。」
「そのために、人は正義に力を与えることができなかった。」


高層ビルに座っている槙島さんと私。月を見上げながら彼はとても澄んだ目で、そう呟いた。この言葉を聞くのは一体何度目だろうか。そう思えるのは彼と過ごしている時間が長いからであろうか。


「またそれですか」


ため息交じりに私は彼に言ってみる。その言葉が本当に好きなんですね、と言う意味を込めて。まぁ言葉の意味から好きではないと思う、けれど。私はいつもこんな感じである。そう、通常運転。


「また、か。君にも意味は分かるだろう」
「分かるといえば分かります、けれど。分からないと言えば分かりません」


彼は私のあいまいな答えを嫌う。けれど咎めたりはしない、いつもそうだった。
別に嫌なら咎めたっていいのに、なんて思ったこともあるけれど本人には言っていない。だって、言う必要なんて見つからないものね。


「なまえ、もっと近くにおいで」
「‥‥はい」
「なまえは僕のことが、」


槙島さんは「何でもないよ」と言い、本に目を落とす。ひねくれた私は彼が何を言おうとしたのかだなんて手に取るように分かる。

彼が聞きたかったのは、「僕のことが好きか」ということ。‥‥好きに決まってるじゃない。嫌いな人と一緒に居よう、だなんて思ったりしない。
ばかじゃないの。って言いたくなる、けれど言わない。だって私だって同じだもの。


「好きですよ」


私は槙島さんに声を掛ける。届くかどうかなんて自信はない。
彼はぴくり、と震えた。けれど瞬時にその震えを隠すように私を抱きしめる。


「なまえ。‥‥僕はこのシビュラシステムに支配された世界で“好き”という言葉なんて信じない」
「そうですか」


今日は彼の銀色の髪がとても美しく見える。どうしてだろうか。‥‥そうか、これに意味を求めた時点できっと私の負け。えぇ、そうですか。槙島さんは先程より私を強く抱きしめる。


「君には理解できるかな。人間は自らの意志で選択、行動するからこそ価値があり、魂を輝かせることができる。だから、」
「もういいです、槙島さん」


私は誰よりも知っている。彼が社会から疎外されて、心に深い傷を負っている、ってこと。一言で言えば簡単、だけど実際は違う。


「‥‥君らしい」
「それはどうも」


ふふ、と笑い私はやんわりと槙島さんと距離を取る。彼が顔を歪めた、だけど彼より歪んでいる私は気づかない振り。


「‥‥このビルから全てを投げ捨てられればどんなに楽なのでしょう」
「その考えには嫌なくらい、同感だよ」


今日も今日とて、私は彼に対する思い。‥‥好き、以上の愛を封じ込めるのだ。


―――私は永遠に彼に愛を囁くことは出来ない。
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