4 | ナノ
そう、例えるならば、酸素のような物だ。
人間と言う生き物は、食物が無ければ3週間、水分が無ければ3日間、酸素が無ければ3分しか生きられないと聞く。
俺にとって彼女は最早、酸素である。
日常的に意識して感じるような物ではないが、失う事は考えられない物。
他係ではあるが執行官として同期であり、潜在犯としても同期であり、年齢も近い事から、初めは共通点が多かったとだけの理由で、言葉を交わしていた。
いつからだろうか……彼女は、食物となり、水分となり――酸素になった。
しかしながら、いくらシビュラの判定さえ良好だったとしても、俺達は潜在犯である。
そして、執行官である。
俺は――標本事件のような想いは2度と御免だ。
佐々山は仲間だった。
彼女は……酸素だ。
比較するつもりは無いが、彼女を失うなど、とてもじゃないが耐えられないだろう。
そんな事を考えながら俺は――俺達は、小鳥が啄むような口付けを交わす。
上の空とまでは言わない、終着点には彼女が居る訳だから。
彼女は睫毛を震わせる。

「どうした?」

尋ねれば、彼女は震えた声で返してきた。

「貴方と私は、何なのかしらね」

彼女の問い掛け――と言うより、独白が、自棄に耳に障った。
何なのか……そこに書いて表せるような名前が必要なのか。

「名前が付けられないなら、きっとそれだけ曖昧で……どうでも良いのよ」

いや、違う、違うんだ。
言葉では言い表せないんだ。
恋仲だとは言えない、かと言って、仕事仲間とも言えない。
分かってくれ、分かってくれ。

「愛してる」

口に出してみれば、驚くほど安っぽかった。
そんな事を言いたかった訳ではない。

「馬鹿みたい」

彼女は鼻で笑った。
嘲笑しながらも、俺の後頭部に指を添えて、唇を交わすことを止めない。

「嫌いじゃないわ」

俺は彼女の髪に指を絡める。
絹糸のような光沢を帯びる黒髪。

「でもね、違うのよ」

彼女から受け取った息を吸う。
甘美。

「違うのよ」

名残惜し気に、唇が離されていく。
訳が分からず、彼女の瞳を真正面から臨む。
眼球は涙の薄いが張っており、光を受けて反射した。
美しいと思う反面、恐ろしいと思った。
プラスティネーションされた佐々山の眼孔には、自らの姿を映す鏡にでも成りえそうなほど磨き抜かれたコインが埋め込まれていた。
それと――重なった。
それを彼女は見逃さなかった。

「ほらね」

彼女の言葉は優しかったが冷ややかだった。

「今更疑問形になんてしないわ。断言出来るもの」

彼女は俺の頭を自らの肩口に埋め、耳元に口寄せた。

「私以前に、気になるものがあるのよ。それを私にホロみたいに被せているのよ」

彼女の指先が俺の肩から胸に降りてきて、何かを奪った。
そろそろ3年目の、彼女と同じくらいの付き合いになるパッケージ――3年前を彷彿させるパッケージ。
彼女はそのまま馴れた手付きで火を付けた。
彼女は愛煙家ではなかったはずだった。
紫煙を吐き出せば、ニヒルに笑ってみせる。

「業ってヤツなのかもね」

彼女は、俺の口に噛み付いた。
酸素は濁っていた。
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