弱虫め。彼の背中を守るのはいったい誰だっていうの。
廃工場の中は随分と響く。足音から推測するに相手は5人。背中合わせ、ドミネーターを持っただけの防弾チョッキなど持ち合わせていない軽装備の私たちにどこまで持ちこたえられるのか。ごくりと唾を流し込んで状況を整理する。
ライフルを持つのは2人。ナイフや斧など近距離用の凶器を持つ3人。これは、かなり……。そう弱気な姿勢を見せた瞬間に銃声が聞こえた。ぐわんぐわんと響くこの空間では、銃弾がどこから飛んでくるのかを耳に頼ることができない。
「宜野座さんたちはいつ来るんでしょうね」
「さあな。……少なくとも、あと10分はかかるんじゃないか」
互いに肩を下ろして苦笑いする。応援に希望が持てない。やはり自分たちでなんとかしなければいけないのだろう。
コンクリートの地面を踏みしめる。これは久しぶりに大怪我するかもしれない。掠り傷程度なら良いけど、縫うのはちょっとなあ……。私は唐之杜さんから昔処置して貰ったときの痛みを思い出して身震いする。
「なんだ、怖いなら退いて良いぞなまえ」
「絶対に退きません。狡噛さんこそ、怖くなったら逃げてもいいんですよ?」
狡噛さんが珍しく口角を上げながら私を横目で見る。「昔はあんなにしおらしかったのに今じゃ見る影もないな」「あれ、今は可愛くないとでも言うんですか」互いに背中をぴたりとくっつけ合わせながら軽く小突き合う。
敵の腑の中に居るというのに何だかとても安心する。服越しに、狡噛さんの筋肉が隆々と動いているのを感じた。この背中にいつも私は助けられている。背中を合わせて、改めて気付かされる命の重さ。いつもは守られているばかりのこの背中を、今日は私が背負わなければならないのだ。
ドミネーターを持つ手がかすかに震える。守らなきゃ、そう感じるほどに焦りや不安が心の中にもやもやと降りかかってきた。
「なまえ、焦るな。手順は訓練所で習った通り、まずはライフルを持つ奴らから。囮には俺がなる。俺を撃とうと顔を出してきたら照準を定めて正確に狙えばいい」
私はこくりと頷いた。いい子だ、狡噛さんは撫でてくれはしなかったけれども、柔らかい声音でそう囁く。
30、29、カウントダウンが始まり、私の心臓がばくばくと高鳴った。
狡噛さんとコンビを組むときはいつも緊張する。その理由は鈍感な私でも至極簡単で。私が彼をとても尊敬していて、……──彼に恋しているからだ。仕事の相性は良いはず。お互いに背中を合わせられるぐらいに、力量はほぼ互角だし、なにより彼と私は信頼しきっている。……けれど“越えられない壁”、というのはあるもので。
「──絶対、守ってみせます、狡噛さん」
そうだ、私は絶対に勝てないのだ。カウントが10秒を切る。
彼に、3年前まで狡噛さんと確かに背中合わせをして絶対的な信頼関係を培っていた彼に。死に物狂いで努力しても、決してかなうことはない。
5秒前、狡噛さんの声が堅さを帯びてくる。私もそれにつられて、ドミネーターを握る手が汗ばんできた。それを何とか握りしめて平静を保とうとする。
──もういいや、諦めてしまえば心は幾分か軽くなる。けれどそれに比例するようにぽっかりと穴が空いてしまったようで痛い。もう二番目で、彼の次で良いから。私はその空疎な気持ちを隠すように嘆息しそうになるけれど、ぐっと堪える。あなたの傍に居ることができれば、もう二番目でいいの。一番なんてワガママなことは言わないから、あなたの背中を追い掛けさせて下さい。
ゼロ、その瞬間に狡噛さんは駆け出した。私に出来ることはただ一つ、彼を信じてドミネーターを撃つことだけ。きっと狡噛さんは私がこんな気持ちで送り出してるなんてことは絶対に知らないのだろう。
私は気合いを入れ直すように、唇を噛んだ。