4 | ナノ
「君が欲しいのはこれ?それとも・・・。」

高級なソファ、私の隣に腰掛ける槙島が小さな透明のジップ付きの袋から白い錠剤を取り出した。それを私に見せつけるように一粒、口に含んだ。口からチラリと覗く赤い舌がやけに扇情的だった。

「そんなに物欲しそうな顔をしなくてもすぐにあげるよ。」

槙島は私の顎に手を掛け親指で口びるを撫でた。顔が近づき口びるが重なりぬるりと舌が押し入る。口内で錠剤を受け渡され、それをコクリと飲み下すとそのままお互いの口内を貪る。

「んっ、ふっ。」

自然と吐息が漏れて槙島は私の体を撫でまわす。ゆっくりと柔らかなソファに押し倒された。

下着を身につけながら、煙草に火を着けて煙を肺に送る。これも今は普通に手に入れることはできない。人々は身体に及ぼす害を危惧して恐れているが、私にとってはその場しのぎ程度のストレスケアには使える。はなから長生きなんてするつもりはない。醜く老いさらばえていくのならいっそ・・・。

「なまえは自分が美しくなければ価値がないと思ってる?」

「そんなの当たり前だわ。醜い私なんてだれも見向きもしないでしょう。ホロがどんなに進化したって人々は生身の身も心も美しいものを求める。」

「なまえは美しいよ。」

未だソファにもたれたままの槙島が手を伸ばし私の頬に触れた。

「そう見えるように努力してるの。」

「はい、残りの錠剤だ。そろそろ気をつけたほうがいい。あまり飲み過ぎると廃人になってしまうよ。」

袋に入った錠剤を手渡された。二週間、いや一週間分くらいかな。受け取ったのは未認可のストレスケア剤だ。違法薬物に違いない。こんなものどうやって槙島は手にいれているのか。いや、知らないほうがいいだろう。

「わかってる。ありがとう。」

私から槙島に口付けた。重厚なドアを開けて部屋から出ると長い廊下で長身の男とすれ違った。

「槙島さん、さっき女優のみょうじなまえとすれ違いましたけどあなたの交友関係の広さには驚かされますね。・・・例の薬物ですか?」

「まあね。」

「あなたも非道い人だ。あの薬は服用し続ければ遅かれ早かれ皆、廃人になる。」

「美しい肉体のためには快楽があるが、美しい魂のためには苦痛がある。あと少しでどちらも僕のものになる。」

「オスカー・ワイルドですか。確かに、彼女には退廃的な魅力がありましたねぇ。」

「僕の与える苦痛でなまえの魂が磨かれるのはとても楽しいよ。」

槙島は乱れた服を正しながらチェ・グソンに笑いかけた。魂を磨くと言いながらその行為が破壊でしかないことをチェ・グソンは知っていた。槙島のなまえへの思いはどこまでも歪んでいる。

目覚まし代わりのホロアバターが色相を告げた。だめだ、また色相が濁ってる。一週間もしないうちに槙島からもらった錠剤はなくなってしまった。こんなんじゃ舞台に立てない。あれがなければ。潜在犯になんてなりたくない。泣きながら端末を手にとり槙島に連絡する。

気が付くと化粧もしないで髪もぼさぼさで槙島に縋り付いていた。彼は呆れる素ぶりも見せず錠剤を私に与えた。あるだけザラザラと飲み込むと心がすーっとした。なにもない世界は真っ白なのだろうか。違う、真っ暗な闇だ。少しずつ闇に飲み込まれる意識の向こうで槙島が私を見下ろし笑っていた。

(さあ、今度は君が僕を満たしてくれ。)
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