「はあぁ、あ、っ、ああ―――ッ!」
「く、ぁ、ぅ…っ」
縢の身体に跨がり胸に手を置きながら、背を反らしては艶めかしく腰を振る。なまえが絶頂を迎え、締めつけに縢の顔が歪むと後を追うように吐き出される白濁。解放感と快感に縢は熱い吐息を零した。けれどなまえの熱が冷めることはなく物欲しそうな瞳を縢に向け求めている。
―――愛なんていらない。繋がってさえいれば満たされる。
それがなまえの口癖だった。文字通りの意味だ。快楽や快感を得たいが為に恋や愛といった過程を踏まず行為だけを相手に求める。何度も何度も、気が済むまで満たされるまで相手を変えては行為に及ぶ。だからといってなまえは男好きではないし、ましてや遊び人でもない。性に対する衝動が抑えられないのだ。
“性依存”
というらしい。
本人曰わくまだ軽度に入るらしいがなまえがその類の症状を抱えているということを縢は彼女の口から聞いた。縢以外にも局内や外に複数相手がいることも。
以前、縢は「よくそんなんで監視官でいられるな。」となまえに訊いたことがある。普通に考えれば、あっという間に執行官に落ちそうなものだと思ったからだ。するとなまえはいつものように淡々と「だから監視官でいられるの。」と答えた。どんなカラクリがあるのかは分からないがこうやって監視官を続けてられるのだから強ち嘘ではないのだろう。
世の中はやっぱり不公平で不条理だと縢は思った。自分のように身に覚えすらないにも関わらず、5歳の時に潜在犯認定を受ける奴がいれば、なまえのような生き方をしていてもシビュラに選ばれ守られるような生き方をしている者がいる。
それなのに…
「ねえ、まだイケるでしょう…?」
「………、」
何故、こんな事になったのだろう?
どちらかといえば嫌いな人種の筈だ。
何がそうさせた?
「っ、しゅぅ…縢?」
覗く瞳に縢は無意識に手を伸ばすとなまえの頬に触れた。突然のことに僅かながらなまえの瞳が揺れる。
ああ、そうか…この目だ。
途端、縢の中でモヤモヤとしていたものが、晴れていく。
なまえの瞳。この双眸の奥に見え隠れするものに、苛立ちや嫌悪感を抱きながらも惹かれてしまった。好奇心をそそられたといった方が正しいのかもしれない。
なまえの目の奥にある“孤独”。満たされないモノへの“欲求”。口ではなんとでも言うが彼女が求めているものこそ正しく、
「考えごと?」
「っ、…!」
まだ繋がったままの部分を押し揺らされ、意識が引き戻される。ハッと我に返れば、縢の目に不満そうななまえの表情が見えた。
「……はぁ、もういいわ。 心ここに在らずな人と繋がっても満たされないもの。」
熱が冷めてしまったのか、なまえはそう言うと繋がっていた部分を引き抜こうと身体をゆっくりと動かす。
「ん、…っ」
「はぁ、ぅ…っ、」
なまえは縢以外にも相手となる人がいる。誰かなのかまでは把握していないが、きっと公安局だけでなく外にもいるだろう。この行為も、なまえがより快感を得られる場所も、全て彼女によって仕込まれていったものだ。それは縢だけではなく彼女が関係を持ったことのある男たち全てに言える。今、ここでなまえが去れば彼女はそのまま他の男の元へ行くだろう。何となくそう思った。思った瞬間、縢は何故か腹立たしさを覚えた。自分だけでない事実に、そして他の相手と同じだということに胸の奥で今までにない感情が渦巻く。
「―――…っ、なあ、」
「っ、なに?」
「たまには趣向を変えてみるってのはどう、よっ…!」
「ふぁっ、ぁ…ッ」
一瞬動きを止めたなまえの隙をついて起き上がった縢はそのままなまえの身体を押し倒した。繋がった部分全体が擦れ、身体中を甘い痺れが走る。吐息をこぼし、込み上げる快感を抑えながら縢はなまえに視線を向けた。
「…見下ろされるってのもいいもんしょ? ココもいつもと当たりが違うだろうし。」
縢が挑発するように腰を動かすとダイレクトに正直な反応が返ってくる。
「っ、そう…ね。でもそれだけよ。満たされなきゃ…―――」
「意味がないんだろ? 」
そのくらい知っている、と縢はなまえの言葉を遮り、代わりに続く言葉を口にした。
「なら、望む通りにしてやろうじゃないの…っ」
「―――ッ!」
返事を待たず律動を開始する縢を軽く睨みつけるなまえ。けれどすぐに意識が行為へと向いたようで、喘ぎ声を漏らし淫らに腰を振り始めた。
支配されていた感覚から支配する方へ。体位を変えるとこんなにも違うものなのか。今までは求められるまま行為に付き合っていたが今は違う。
「ぁあっ、ぁああ…っ、いい…っ…いぁあんっ」
互いの分泌物が飛沫を散らせ乱暴に腰を打ちつける。相手のことなど考えず内壁を強く抉る自分の姿に「まるで獣のようだ」と縢は思ったが、すぐに自分が猟犬と呼ばれる立場であることを思い出し口元に笑みを浮かべた。
「あ、あっ…も、イくっ…!はぁ、ぁっ、ん――ンッ!!」
「くっ…っ、はぁっ」
甘美な痺れになまえが高い声で喘ぐと身体をぶるりと震わせる。そうして中を抉っていた縢の自身を締め付けた。縢は顔を僅かに歪め、なまえの後を追うように白濁を吐き出す。解放感に酔いしれる間もなく、息を乱したままのなまえが口を開いた。
「ぁ、はぁはぁ…ねぇ、もう終わりなの?」
「…あ? まさか、」
「っ、」
「満たされるまでお相手しますよ――ッ、」
一度腰を引き、また奥へと突き入れる。そのまま激しく律動を開始すればなまえの口から断続的な声が漏れ始めた。なまえは背を仰け反らせ、縢の自身を深くくわえ込むとそれに応えるかのように縢も最奥を押し広げるように動く。
縢の言葉通り、なまえが満たされるまで行為は続いた。
「―――…なまえ…っ、」
いつの間にか眠っていたらしい瞼を縢が開けると隣にいつもは居ないなまえが眠っていた。行為が終わればシャワーを浴びて出て行く、それが当たり前だった所為か眠る彼女の姿が新鮮に映る。こんなにじっくりと顔を見れる機会も今までなかったんじゃないか。伸ばした縢の手がなまえの頬に触れる。「んんっ」と小さな声を漏らすも起きることはなかった。
「―――…」
友人でもなければ恋人でもない、ただ求められ受け入れたことで成り立った関係。
「……哀れだよなあ。」
愛おしげな眼差しを向けていることに気づくことなく縢は自嘲気味に笑った。
言葉ではどんなに否定していても、惹かれている事実。その事実を認めたくないと思っている自分と、愛を求めているのにそれを否定するなまえ。だからこそ成り立った関係だ、それは理解している。けれど、それ以下になるとこはあってもそれ以上になることはない。他の奴らと同じように行為に没頭しているのを思うと面白くはないが、だからといってそういう真っ当な関係になることは望んでいない。たぶん、なまえも。今の関係が互いにとって、ちょうどいい。
「さて、と…っ」
徐に立ち上がると備え付けの時計に目を向ける。気づけば真夜中を過ぎ、日付も変わって数時間経っていた。シャワーを浴びてからなまえを起こそう。いくらなんでも朝帰りはマズい。そんな事を考えながら縢はシャワーを浴びに向かった。
起きて着替えたら、また監視官と執行官…上司と部下に戻る。互いに秘密を共有していても、やっぱりこれが一番しっくりくる形だと縢は思った。
「―――…本当に、ね。」
縢が去った後、寝ていた筈のなまえの唇が小さく動く。そして寂しそうに微笑んだ。