4 | ナノ
品行方正・清廉潔白・聖人君子。そんな人間、この世にいるわけない。いたとしてもそれは上手く繕っているだけだ。
人間誰しも大なり小なり秘密を抱えて生きている。
それがたとえ善良かつ健康な精神と模範的社会性を持つ監視官であろうともそれは変わらないだろう。



「――縢執行官。」



抑揚のない冷めた声が頭上から降ってきた。縢の名を呼ぶも返事すら待たずに彼のデスクの上に乱暴に書類が放り投げられる。
自身のデスクで携帯ゲームを楽しんでいた縢は横目でチラリと確認すると視線をまたゲームへと向けた。

監視官みょうじなまえ。
最近一係入って来た監視官だ。年は縢より4つばかり上。以前は他の係に居たが引き抜きという形で一係配属となった。

“ガミガミメガネ2号”

縢はなまえを密かにそう呼んでいた。細く赤いメタルフレームのツーブリッジタイプ眼鏡を掛け、性格は冷静冷淡。小言も多い。性別と眼鏡の色形を除けばなまえと宜野座は似ている。もちろん、それは日常で知り得られる表面上での話だが。


「なんっすかあ?」
「報告書の再提出を。こんな内容では報告書と認められないわ。」
「なら、おたくがやっといてよ。みょうじ監視官さま。」


小馬鹿にしたような縢の言い方にもなまえは眉一つ動かさず高圧的な視線を眼鏡から覗かしている。


「これは私ではなく貴方の仕事よ。それに、そうやってゲームで遊んでいるくらいなのだから時間はたっぷりあるのでしょう?」
「………、」
「もう一度言うわ。再提出なさい、いいわね。」
「………はあ。へいへい、わっかりましたよー。」


踵を返し自身のデスクへと戻っていったなまえの後ろ姿を見送った縢は携帯ゲーム機を置くと書類に手を伸ばした。やり直すのが面倒だと思いながらパラパラとめくっていると、書類の間に挟まるようにあった一枚のメモ用紙に目が止まる。


「……ふぅ。またか、」


軽く目を通すと縢はメモ用紙をくしゃりと握り潰しゴミ箱に投げ入れた。長い一日になりそうだ。今日は身体が休まる事ができないかもしれない。溜め息を吐きながら書類に向かうことにした。それでも僅かに高揚とした気持ちになるのは気のせいだろう。そう言い聞かせ縢はキーボードを打ち始めた。



―――夕方。



勤務時間を終えたなまえは執行官宿舎内を歩いていた。そうして目的の部屋まで来るとノックをするわけでもなく、声を掛けるわけでもなく、さも自分の部屋のように中へと入る。


「よう、遅かったじゃん。」


そこは縢の部屋だった。
部屋の主である縢も来る事がわかっていたのか勝手に入って来たなまえを咎めずに向かい入れる。
けれど縢の言葉になまえは応えず、黙って近づいた。


「―――…」
「ッ、!?」
「ん…ンっ……ふ、…」


と、そのまま唇を重ねる。半ば無理やり舌を挿し入れ、貪るような口付けが始まる。眼鏡を外すこともせず最初から深い行為におよぶなまえに縢は一瞬戸惑いを見せるもすぐに応えた。


「ッは、」


満足したのかなまえが唇を離すと縢は口角を上げて見下ろす。


「眼鏡くらい外せよ。それともそんなに我慢できなかったワケ?」
「ご褒美のつもりだったんだけど。」
「どっちの?」
「もちろん、―――私のよ。」


そう妖艶に笑みを浮かべるとなまえは掛けていた眼鏡を外し縢をソファへと押し倒した。



+++ +++



縢がなまえの秘密に気づいたのは偶然だった。日中に人目を憚らない、目撃されてもおかしくない場所で見てしまった情交。
大して親しくもなかったなまえの行為を目の当たりにした縢は驚きとともに苛立ちと嫌悪感を抱いた。
外よりかはまだ真っ当な場所だと思っていた公安局。胸糞悪い連中だけではない人が集まる場所。そんな場所で自分たち執行官の上司・飼い主を名乗る監視官が情交に及んでいた。やっと見つけた居場所が汚されていくような感覚。


「っはぁ、あぁ!…ん、あぁ、あっ、ぁ!」
「っ…、」


なのに、今こうして縢はなまえと身体を重ねている。一度ではなく、もう何度も。

けして彼女が縢を誘惑し落ちた訳でも、縢が自分から誘った訳でもない。
陥れたかったのか、単なる暇つぶしか…そのどちらかもしれないし違うかもしれない。きっかけは何であれ結果的に関係を持ってしまったことに縢は自嘲気味な笑みをこぼした。
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