4 | ナノ
私の気持ちをも共に、低く、重く、静けさに停滞させる寒気団が街を覆い尽くす。シロナガスクジラの腹の中に私達を閉じ込めてしまう。愛するばかりに踊らされ、その冷たい仕打ちが辛く、いつかは必ず芽吹く為に居なくならねばならぬ哀しさに、愛されぬ苦しみに嘆く言葉は夜風となってびゅうびゅうと旅人の外套に吹き付ける。静けさにひとり漂うのが我慢ならない、しかし悲しみの原因を消すことが出来ない。このもどかしさ。誰かと共有したい、分からなくても良い、聴いてくれる誰かを欲しい。
何のために居るのだと問えば、親とお前たちの為だと山彦が返る。ホンの少し、しかし間違いなく成長を手助けしてやったろう私達はしかし太陽の方に焦がれていくのだろう。周りをバリバリと巻き込み食みながら羊は生と種の続く限り生き続ける。それは私の今の論点じゃないけれど。

「おはよう」
「……うん」
綺麗だが、哀しく、冷たいが温まりたい。シーツの端から出ていた手を取って、雪の国へ誘い出すのだと思った。頭で分かっていても体が言う事を聞かない、眠りの季節。
隣で枕に腰を預けて、本を読む彼の襟に絡まった髪とシャツの境目が溶けて混ざっていくようだなあと思った時にはぼんやりと滲みながらもぐんぐん私の視界を先の見えぬ雪景色で埋め尽くし、意識はいつしか泥濘に沈んでいっていた。

(お休み…)

何時間経ったろう。ぱちりと覚醒した瞬間に、デジャヴを感じる。私は普段こんなにセンシティブでないのに、まるで誰かの企てた誘導みたい。同じ姿のままで本を読む彼の腹から下を覆うベッドメイキングの崩れた皺の一つ一つも変わらぬように、都合の良い勘違いだけど、見えた。
「冬なんて」
「ん、」
「ずっとこのまま止まっていられたら」

ぱたん、と柔らかな本の音が静かな部屋にきん、と響いて私は訳もなく畏まった気持ちにさせられた。

「春が来るのが怖いのかい」
時折、ひとりぼっちの雪景色を思ったばっかりに風に巻き込まれて同化してしまう者もいるのだそう。
「春が来るのが怖い」
言葉だけなぞっても、意味は無い事は分かっているけれど、でも近づきたくないものなんていくらでもあるのよ。大人しく享受すればいいだけなのにね。でも出来ないの。こどもでしょう。

「それでも、君は耐え忍んでいるようだが、僕が見たいのはそれだよ。」

「何が見たいの、どうせ愛してくれないくせに。」

聞き取った瞬間、彼はほんの少しおかしくなった、という顔をした。例えば、抽出時間を間違えて濃くなってしまった紅茶を見つめる時の顔。口走ってからはっとしたように、彼女は口元に両手を当てたが言ったものは時間を操作出来ない限りは、撤回しようがない。人間が発した熱を伴って空気に混ざり、やがて熱は拡散され、エネルギーは平等になる。人間もそうなると理想的と思った社会がシビュラなのだから、正直不完全な人間には不安定なくらいがちょうど良いのかも知れない。

「呆れた?」
「驚いた」
「そんな風に見えなかった」
「君にはそう見えていた」
「お願いよ、興味を無くさないで」
「残念だけれど、僕の興味の方針に君は関与できない。ふ、ふ……どうした、そんな顔をして。君はまだ僕に何も見せていない」

不安の解けない私の眉間を彼が眼ごと覆ってしまって、喚き散らしたいような、叫んで走り出したいような、このどうしようも暴力的な気持ちの昂りを午睡に変換されていくようにじわじわとこぼれない程度の涙に変わって舌唇を噛んだ。管を巻いて、つまらない女でしょう。でもね、私、愛憎が見たかったの。って言ったら我が儘って怒る?
孤独だとかコンプレクスだとか、そんな専門的用語や横文字や上辺だけの、言葉だけに表せるものなんかじゃない。第一、今の人は皆、言葉の中身を見るのを止めちゃったから聞きようがない。言葉にするのはへとへとになるから。音になるのって重いんだよ、第六感ってうそじゃないんだよ、貴方は知らないでしょうけどね。
ぞっとする温度を感じる時がある。突然冷えたシャワーが胸に当たる、陶器のコップのふち、剥き出しのフローリング、貴方の白くて優美なくせに骨ばった手が背表紙から私の閉じたまぶたに流れる、春を内包する人間の外側。私は暖かいものが好きなはずなのに、白い雪に包まってぬくまる。
なんて言ったらいいのかしら。例えば、私の中に染み付いた貴方を、抱いて眠りの世界にいけたら。貴方の肌や洗いざらしのシャツが肌に擦れる感触だけを認識する部分だけになって、目を閉じた暗闇の中でいつまでも光景なき夢を見たい。喋ってくれなくて良い。ここが宇宙と見まごうあたりで眠りに陥る私を見届けて。死ぬほど昔から、きっと私が私じゃなかった頃から私、貴方が好きだったの。

「お休み」

冬眠の片鱗だ、と思う。寒くなると眠たくなるのは。多分、整理には色々と待つ時間も必要なのだろうね。嫌と言いながら君は逆らえない、いずれ春は君を嘆かせ生に放り戻すだろう。僕は観劇に際して、その無防備な隈に手を伸べて、指の腹、関節、爪先、全部使って君の望む接触を続けよう。眠りの中でも生きている事を感じられるといい。気が向いたなら息を吐こう。本を閉じる音でもいい。埃が舞えば、君の睫毛が震えるだろう。起きた時に話そう。君が溶けて浮遊するものの一部になり、そして再び形を取り戻すまでに、色んな事があったんだよ。

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