3 | ナノ
私は白い部屋にいる。何かを壁に打ち付ける音や泣き叫ぶ声、怒鳴り声、ブツブツと呟く声がドアを隔てた廊下の向こうから絶えず聞こえていた。そんなイメージが頭に浮かぶ。

「何回やっても同じよ!」

私は伏せたままのカードに描かれている記号を当てる“テスト”を受けていた。結果はいつも正解。苛立ちを隠しもせずに机の上に並べられたカードを左手で払い落とすと乱暴に立ち上がり部屋を出た。

人より少しカンがいいだけなのに。

「少しか?」

ドアを開けると壁に寄りかかった狡噛が本を閉じてこちらを見た。

「あんた、エスパーなの?」

「口に出てたぞ。お前の勘の鋭さは少しじゃないだろ。」

「人の独り言に口挟まないでよ。それにその本、当て付けか何か?」

狡噛が先ほどまで読んでいたであろうそれはスティーブン・キングの『キャリー』だ。超能力少女が街を破壊するキングの処女作。

「言っとくけど私はサイコキネシスなんて使えないわよ・・・。」

「偶々借りただけだ。」

呆れたように狡噛は返事をする。私を待っていてくれたことがなんだかむず痒くてうれしくて照れ隠しで、つい反対の態度を取ってしまう。私は握りこぶしを作り狡噛の胸を軽くパンチした。
狡噛に私のパンチした手を捕らえられそのまま腕の中に閉じ込められた。顔を胸に預ける。広くて温かくて煙草の匂いがするそこは居心地がいい。

「ありがと、待っててくれて。迎えに来てくれて。」

「やけに素直だな。」

「あのテストやると、自分が普通じゃないみたいでイライラするの。だから、狡噛がいてくれてうれしくてさ。」

にやける顔を見られないように俯いた。あー、幸せだなぁ。願わくばこの幸せがずっと続きますように。あと、少しだけでいいから。

それから変わらぬ数日を過ごした。勤務時間になっても なまえが現れない朝が来るまで。宿舎の部屋に迎えに行っても、そこには なまえどころか荷物さえ何もなかった。

「ギノ、なんで なまえがいない!?」

「 みょうじには自分が去る時は黙っていて欲しいと頼まれていた。あいつは自分から矯正保護施設に行った。」

「っなんでだよ!?」

噛み付くように宜野座の襟を掴む。

「あいつは、 みょうじは人より勘が鋭いだけじゃない。他人の悪意を感じ取り強く影響を受けてしまう。平静を装っていたがサイコパスは限界まで濁っていたんだ。」

狡噛はばつが悪そうに宜野座の襟を放すとおもいきり壁に自分の拳を打ち付けた。手からは血が滲んでいる。

私は白い部屋にいる。何かを壁に打ち付ける音や泣き叫ぶ声、怒鳴り声、ブツブツと呟く声がドアを隔てた廊下の向こうから絶えず聞こえていた。これは現実だ。狡噛に見つからないように自ら矯正保護施設に来た。キャリーみたいにみんなを、大切な人をめちゃめちゃにする前に。
執行官になったばかりの頃、初めてドミネーターを人に撃った私は潜在犯になんかなりたくなかったって泣き喚いた。それを狡噛は慰めるために言っていた。

「俺たちは潜在犯だから、執行官として出逢えたんだろう。」

でもね狡噛、私たちは潜在犯だからずっと一緒にはいられないんだよ。
こんなことになるなら、最初から出逢わなければよかった。好きになんかならなければ良かった。あなたと過ごした記憶があるから独りがこんなにも寂しい。涙が次から次へと溢れて目から零れた。床には小さな水溜りができていた。

(はじめから分かってた、これは叶わぬ恋だって)
それでも、私はあなたを好きにならずにはいられなかったんだ。
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