世界がおわる、音がした。
「おい、」
「あれ…慎也。どうしたの…?いつもより眉間のしわ、濃いけど…」
ぼやぼやと歪んで見えるわたしの視界の中に、彼は立っている。はっきりと見えないけれど、それでも眉間のしわが濃いのはわかった。いつもの仏頂面、すこし悲しげだけど。きっとそれも、この歪んでいる視界のせいだ。
「…怒ってるの?」
「………」
「誰に…?」
慎也は何も言わなかった。こんなやつでも、それなりに長い付き合いだから、なんとなくわかるよ。
「これはさ、わたしのせいだよ…」
「…誰がやった」
「犯人に、決まってるじゃない」
慎也はわたしの傍にしゃがんで、熱を持つ腹部に、そっと手を添えた。おかしいね、さっきまで熱くて、痛くて、苦しかったのに、慎也が触れるだけで、穏やかになった気がするの。
「…慎也、」
「………」
「きっとね、わたしの世界は、もうすぐ終わるの」
あ、ちょっとだけ、目開いたな。驚くことでもないでしょう?刑事って、いつでも世界の終わりと背中合わせだもの。
「…すぐにギノに知らせてくる」
「待って」
「なんでだ」
「ひとりで…おわりたく、ないから…」
なんでだろ、最後の最後なのに、さっきよりも慎也の顔がぼやけて見える。
「…泣いているところを見るのは初めてだな」
「あ、…泣いてるんだ、わたし…」
未練なんてないよ、最後まで刑事でいれただけで、わたしは満足。これが走馬灯とかいうやつなのかな。昔の記憶がよみがえってくる。最近の記憶なんて、慎也ばっかりだ。
力の入らない腕を動かして、そっと、慎也の手のひらに重ねた。
「…ねぇ、」
「なんだ」
「わたしを、慎也の世界から、消さないでね」
慎也が、少しだけ、笑った気がした。