3 | ナノ
※狡朱表現あり


 新しい飼い主が来た。二人目というか三人目というか、とにかく監視官が増えた。短い髪のせいで男に間違えられると口を尖らせていたけれど、私からすればとてもかわいい女の子だ。――狡噛が好きになるのも頷ける。
 もっと、嫌な子だったらよかったのに。宜野座監視官くらい、執行官を人を人とも思わないような冷徹さを持ち合わせていたなら。あるいは猟犬と仲良しこよしを望む飼い主の甘さに触れなければ。私にも可能性はあったかもしれないのに。なんて、馬鹿馬鹿しい。執行官同士、未来なんてない。もし仮に狡噛が監視官のままだったとして、潜在犯の私に明るい未来が待っているはずもないのだけれど。
 馴染めないだろうと思っていた彼女はいつの間にか一係に溶け込み、いなくてはならない存在となっていた。狡噛と彼女との距離もまた、着々と縮んでいた。私が諦めた関係をいとも容易く手に入れた監視官の姿を見たくないと思いつつ、職務は淡々とこなす自身が、そこにはいた。
 とはいえ、一度オフィスを離れれば征陸や縢を巻き込んで愚痴を零す。我ながらはた迷惑な話である。そしてそれは今日とて例外ではなく。非番だった縢の部屋に押しかけ、ツマミを作らせている次第だ。グラスに、征陸の生まれ年に作られたという赤ワインを注ぐ。味や香りを楽しめるほどの知識もなければ余裕もない。酔えるなら、なんだっていいのだ。
「縢、お酌してー」
「ツマミできるまで待って」
「やだ、かがりんにも振られちゃったあ」
 きゃはは、と楽しくもないくせに耳障りな笑い声を奏でる。そうだ、楽しくなんてない。悲しいのだ、私は。瞼の裏に焼き付いた、重なる二つの影。見間違いではない。そうであればいいのに、と抓った頬に走る痛みは紛れも無く本物で。じわり。一ミリも歪まない情景が、より一層、視界を滲ませる。
「今日、早くねぇ?」
 早くない。ずっと我慢してる。泣きたい気持ちを抑え、与えられた任務に没頭しているのだ。毎日毎日、飽きることなく。嫉妬でどうにかなりそうだった。体内で、劣情だけが育っていく。
 盛り付けた皿の上で湯気を立てる料理。手際よく調理された野菜たちの輪郭さえも捉え切れず、鮮やかな色彩が目に痛い。
「やめちゃえば?」
 できるものなら、そうしている。
「俺にしとく、とかさ」
 どう?、と覗き込んでくる縢に思考が停止する。ついでに涙も止まった。
「……もう酔ってんの?」
「結構本気なんだけど」
 獲物を見つけた肉食獣のような双眸が細められ、柄にもなく緊張する。
「わ、私は食べ物じゃないよ」
 あわててそう言えば、ぶふっと吹き出した縢が口元を拭う。
「いきなり取って食うわけないじゃん。そんながっついて見える?」
 グラスに刺さったサラダスティックから大根を抜き、お手製ドレッシングをたっぷり付けてかじる。咀嚼した後に上下する喉を見、どうしてだか彼に飲み込まれてしまうのも悪くないと思った。思っただけで言いはしない。アルコールの入った頭で正常な判断ができないだけだ、彼も私も。
 私は狡噛が好き。
 しかし、なぜだろう。酔っ払いの戯れ事ではなくお互いが素面の状態だったとして。同じ台詞を言われたら、流されてしまいそうだと思うことも酔っ払いの戯れ事なのか、そうでないのか。よくわからなかった。
 ごまかすように、縢の前に置いてある空のグラスにワインを注いだ。
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