秀星はいつも、どこか気楽な性格をしているけど、本当はどうなのだろう?人を撃つことに何の躊躇いもないのだろうか?任務を遂行し終えた時、彼の浴びる返り血で、秀星の頬に涙が伝わっているように見えたことがある。きっと彼自身は何も思ってないのかもしれない。けれど、私にはその時の表情がとても寂しそうに見えて。なんとかしてあげたいと、そう思った。
* * *
「というわけで秀星にドッキリをしかけることにしました!」
そう言ってニッコリと微笑むなまえを縢が見つけた時、彼女の服装がいつもとは違うことに気づいた。スーツ姿ではなく、職場に似合わない白のワンピース。その裾をヒラヒラと翻しながら話す相手は狡噛と柾陸だ。縢は、何故俺じゃねーの?と不快に思いながらも、とりあえずその会話を遠くから覗き見しておく。
しかし狡噛と柾陸は縢の鋭い視線に気づくと、すぐにその場における彼の心理を推測した。あの眼差しは完全に嫉妬している。ワンピース姿で話す彼女の話し相手が自分たちであることに苛立っている、と。
しかし縢がいることに気づかないなまえはニッコリ微笑んだままである。よくこの鈍さで刑事をしているものだと内心呆れながら狡噛は口を開いた。
「ドッキリって…、まぁ、確かに職場にそんなもの着てこられたらビビるだろうな。こいつ服装間違えてやがる馬鹿だろ、みたいな感じで。」
「ちーがーう!そういうドッキリじゃなくて、うわっ!その格好めっちゃ可愛い!みたいな感じ!」
「あー、成程な。だけどお前にその感情を抱くことはない。」
「えー!ひどーい!」
怒った彼女が可愛いなんて思うのは縢くらいのものだろう。そう思いながら狡噛は、お前はそれでも縢の彼女か!と突っ込みたくなるのを遠回しで伝えてみることに。
「いや、俺がそんなこと言ったら今すぐドミネーターにでも撃たれて死ぬぞ。」
「変態係数が上昇して?」
「今すぐお前をドミネーターで撃ちたい気分だ。」
失礼なことを言いやがる。自分の彼氏以外の奴の前でそんな格好をするお前が馬鹿なんだろうが。そう言いたくなるのを堪える狡噛。
「それにしても、あいつにドッキリをしかけるなんて、いきなりどうしたんだ?」
こっそり覗き見をする縢自身が気になっていることを、敢えて柾陸が尋ねる。するとなまえはどこか得意そうに微笑んだ。
「最近の秀星、仕事ばっかりで疲れてるでしょ?だから目の保養になるかなー、と思って。」
「いや、あいつの場合、ゲーム画面が目の保養で、ゲームのしすぎで疲れてるんだろ。」
とりあえず失礼な発言をする狡噛をバシリと蹴るなまえに、ワンピースだから見えちゃうよ!と大声をあげたくなる縢。
柾陸は義手を顎にあてると最近の出来事を振り返りながら口を開いた。
「確かに、最近は仕事が多かったからなぁ。あいつを和ませるためのドッキリなら構わないと思うがな。」
「よし、じゃあ秀星が来る前に私は隠れ、」
「何やってんの?」
気合いを入れようとした矢先、突然背後からした声に、彼女は驚いて叫び声をあげる。
「ギャー!ギノさ、んじゃ…ない。」
「いや、俺とギノさんを見間違えるって、結構ショックなんだけど?」
どうやらなまえは宜野座が来たと思ったらしい。しょんぼりとする縢に、そりゃ自分の彼女にあの宜野座と間違われたらショックだな、と同情する狡噛と柾陸。
「ごめん。…って、あ!折角のドッキリ大作戦が…!」
なまえは謝ってからドッキリ大作戦が失敗してしまったことに気づく。縢が来る前に隠れるつもりだったのだが…。しかしそこで狡噛がネタバレでもするように口を開く。
「いや、さっきからここにいたぜ?」
「えぇ!?二人とも気づいてたの!?」
「お嬢ちゃんは鈍いね〜。」
「うぅ…。ドッキリを仕掛けたつもりが逆にドッキリを仕掛けられてたとは…。ミイラ取りがミイラにとはこのことか!」
まさか秀星がいたことを二人とも知っていたなんて…!あぁ、二人とも刑事すぎて自分が辛い。転職しようかな…。とまでは流石に思わないが。
狡噛と柾陸も、こちらからドッキリを仕掛けるつもりはなかったんだぜ、と心の中で言っておく。つまり悪気はない。
「でも初めて視界に入った時は驚いたぜ?うわっ!その格好めっちゃ可愛い!みたいな感じで。」
「やっぱり!?流石は秀星!どこかの失礼な執行官とは大違い!」
項垂れていたなまえは縢の言葉によって再び明るくなる。
つーか、縢がいる時に、お前にそんな言葉かけたら俺が縢に殺されるんだよ。そう愚痴を吐きたくなる狡噛を余所に、縢はなまえを愛しそうに見つめる。
「やっぱりなまえには温もりを貰ってる感じがするわー。仕事の疲れが消えていくっつーか。」
「目の保養になった?」
「当りめーよ。つーことで。」
彼はそう言うとヒョイと彼女を担ぎ上げる。まるで樽を肩で担いでいるような感じだ。なまえは一瞬驚くが、落とされないようにギュッと彼にしがみつく。
「どこに行くの?」
「あんまり、そんな可愛い格好は俺以外には見せてほしくねーの。だから今から俺の部屋でたっぷり可愛がってやるよ。」
そう言って自身の手が担いでいるなまえの腰にチュッとキスをする。その意味を理解した柾陸がニヤリと笑った。
「独り占めってわけかい?」
「悪いっすね、柾陸のとっつぁん。けどなまえは俺のものっすから。」
無邪気に笑って答える縢に担がれながら、なまえは愛しい彼に束縛されるなら構わないと思った。
* * *
“縢”という言葉には縄で縛るという意味がある。その言葉を名前に持つ彼は、この世界のシステムに潜在犯として縛られている。秀星はとてもとても不自由な世界に拘束されてしまった。だから、せめて私だけは彼に束縛される人になってあげよう。そして、血も涙もない温もりを貴方に伝えてあげるよ。
束縛される貴方に唯一、束縛する自由を。