2 | ナノ
 「君はをしたことがあるかい?」


 ある日彼は私にそう訊いた。
 私は彼に恋をしていたから、「はい。していますよ」と答えた。彼は「そう」と言って、それきり黙ってしまった。いつもは会話して賑わう夕食も静かで、私は首を傾げた。
 はて。
 私は何かまずいことを言ってしまっただろうか。
 はたまた何かまずいことをしてしまったのだろうか。
 どちらにしろ、その日はついぞそれ以上の会話はないままに終わってしまった。
 次の日、朝起きると彼はもういなかった。
 元来猫みたいなところがある人だったから、その時は気にしなかった。
 あれから1ヶ月。彼は、私のところへやってこない。





 彼が来なくなって二ヶ月と一週と四日目の朝、私は白い毛並みの子猫と出会った。その子猫は人懐こいのか、はたまた警戒心が薄いのか。私の顔を見るなり擦り寄ってきた。
 私についてきても餌なんてないよと言っても聞かず、家までついてきて、どうにも切なげに鳴くので、飼うことにした。
 子猫は『ショウゴ』と名付けることにした。
 半ば無理矢理(最終的に決めたのは私だけと気分的にはムリヤリ)私の家に住むようになったこの子猫は、とても彼に雰囲気が似ていた。あの気紛れで、子供みたいで、とても寂しがりやな彼にこの子猫は似ている。あの底の見えない、静かで美しい琥珀の瞳さえも。
 この子猫は、私が恋をしていた『槙島聖護』という男にそっくりなのだ。



 さらに一月が過ぎて、ショウゴは離乳食から普通の猫の食事ができるようになった。はじめ、子猫の平均小さかったショウゴだけど、今はその頃よりもすこし大きくなって、はじめ不健康そうだった面影はもうない。
 にゃぁと鳴いてショウゴが私の足元に擦り寄る。
 私はショウゴを抱き上げてソファーに寝転んだ。机の上の置きっぱなしの彼が置いていった本の表紙をそっと撫でる。
 物品の殆どが電子化した世界で、本物を愛で続けた人。紙の本を読み、布の服を着て、本当の食べ物を食べる。
 彼は今、どこにいるのだろう。
 またいつものように紙の本を読んで何か小難しい事でも考えているのだろうか。
 私は彼の恋人ではないし、友人と言うには遠すぎる。
 それでも私は彼のことについて知りたいと思うくらいには好きだ。
 会いたい。
 逢いたいよ、『聖護』くん。






 『やぁ、久しぶりだね』
 元気にしていたかい?と彼は笑いながら言った。
 頭にぐるぐると包帯を巻いて、病院で着るような服を着て彼は私の家に居た。
 二ヶ月くらい前の話だ。
 あの日私は彼と五日ぶりに再会した。
 それまで三日と空けず訪れた彼が急に来なくなって不安になったのをよく覚えている。
 彼は何食わぬ顔で紅茶を飲みながら本を読んでいた。
 『突然だけど、少しの間ここに居てもいいだろうか』
 『どうぞ、好きなだけ居てください』
 むしろずっとここにいてくれて構わないのに。
 彼はありがとうとぽつりと言った。とても大事そうに微笑みながら。




 彼は殆ど身一つだった。
 持っていたのは携帯端末と古い紙の本を一冊だけ。他には何も持っていなかった。
 彼は頭の傷を医者に見せることを嫌がった。仕方なく私はネットワークを使って、見よう見まねで手当てをした。
 訊きたいことは、多分たくさんあった。訊かねばならないことも。でもそのどれもを訊かなかった。
 それを訊いてしまったら最後、彼に会えなくなってしまう。そんな予感めいたものが私を黙らせた。
 家に帰ってくると彼がいる日が何日か続いたある日、彼は言った。
 『僕はいつか君を傷つけるだろう。それは直接的にかもしれないし間接的にかもしれない。そもそも君はどうしてこんな得体のしれない男を家に置いて剰え世話をするんだい?』
 私は少しの間考えて、それから答えた。
 『あなたが、あなただからですよ。私はあなたがどういう人だか知っています。あなたは信頼を置ける人です』
 急に視界が反転して、目の前には彼だけが居た。背中には柔らかい、クッションの感覚がして、ああ、押し倒されたのだと知覚する。
 『こんなことをされても?』
 手首にキスをしながら彼がいつもの含み笑いを浮かべて問うた。

 『……訂正します。私は少し、あなたを警戒せねばならないようです』










 「ごめんね」










 ふと気が付くと、部屋に夕日が差し込んでいた。どうやらいつのまにか眠ってしまっていたようだった。
 眠る前に彼の事を考えていたせいだろうか。彼の夢を見た気がする。彼が来て、幾日か後の出来事を夢に見た気がする。彼が出ていったのはその二日後だった。
 「聖護くん……」
 会いたいなぁ。
 そうひとりごちながらあくびをする。
 手首にざらりとした少し湿った感触がして、見てみるとショウゴが舐めていた。
 「ショウゴ、くすぐったいよ」
 起き上がってショウゴを抱きしめる。
 彼の置いていった本と、彼にそっくりな目をしたこの猫だけが、彼を思い出させる唯一のよすがだった。








 「君は恋を知っているかい?」
 「はい。知っていますよ」
 だって今まさにあなたに恋をしているもの。
 「君は恋をしたことがあるかい」
 「はい。したことがありますよ」
 「それは現在進行形?」
 「えぇ」

 現在進行形で、私はあなたに恋をしています。
 あなたが、好きなんです。聖護くん。
 終ぞ言うことなく終わってしまった恋ですけれど。確かにあなたを好いていました。
 (僕は多分、君が好きだった
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -