2 | ナノ
私はお兄様を尊敬いたしております。

ああ、この遊ばせ言葉が気になる方もいらっしゃると思われます。お兄様は歪んだユーモアがお好きなようですけれども、私は御伽噺、とりわけお姫様の登場するお話が大好きなのでこのような話し方なのです。ええもちろんこういった口調を真面目に学んだわけではないので似非ですわ。あしからず。
脱線してしまいましたわね、御免遊ばせ。
そんな敬愛するお兄様ですが、近頃悪巧みをしているよう。この間も舌打ちのような名前の殿方と廃棄区画とやらへ繰り出していらっしゃいましたわ。お兄様はあまり外を出歩かないのに、いつ知り合ったのかしら。しかも彼等の会話を繋ぎ合わせたところ(断じて盗み聞きなどという姑息なものではありませんわ)、世界を壊すとかなんとか。お姫様に憧れる私としてはこれ以上ないほどの由々しき事態。まさか身内が悪い魔法使いだったなんて。もしかしたら、怪物とかも飼っていらっしゃるのかしら。
なんてことを考えていたら、少し逆上せてしまったわ。いけないいけない。入浴中に余計なことを考えるものではありませんわ。
「…おや、槙島さんかと思ったんですけどねえ。」
「あらあらまあまあ!乙女の部屋に、ノックもなしに入るものではありませんわよ?」
こいつはすまないことをした、と苦笑するこの方こそ、お兄様の飼っていらっしゃる怪物。名を、チェなんちゃらと言ったかしら。
「…なまえさん、俺の名前まだ覚えてないでしょう?」
「御免遊ばせ。私、お兄様以外は要らないもので。」
「要らない、ですか。」
クツクツと喉をひきつらせるように笑って、ドアの横の壁に背を預ける。お兄様が訓練している間、私もそのように凭れたものですわ、ええ。あの方は中々面白い生き方をしていると思いますわ。人生は短く、無駄が無いよう生きなければならない、と。
だからお兄様は私が嫌いなのですわ。起きるのは日が暮れる直前、それから朝食という名の夕食を食べ、部屋に並べてある御伽噺をぬいぐるみと共に音読。もちろん寝るのはお兄様と入れ替わり。
「あなたが槙島さんの言う『夜香木の君』、ですか。」
「まあ、お兄様がそうおっしゃったの?」
「ええ。苦々しいお顔でね。口元は笑ってましたけど。」
「ふふ。」
お兄様ったら、昔一緒に読んだ図鑑で私が夜香木がいっとう好きだったの、覚えていらっしゃったのだわ。私が夜型の生活をしているのが余程我慢ならなかったのね。
というか、王陵なんたらや御堂なんたらはあんなにもあっさりと殺すのに、思い通りにならない私を未だ手元に置いておくのには何かワケがあるのかしら。
「ねえ、チェ…さん。」
「チェ・グソンですよ。グソンでいいです。」
「分かったわ、チェさん。お兄様の真意が測れないのだけれど、貴方、何かお心当たりがあって?」
「無視ですか…。俺に聞いても駄目ですよ。あの人はいつも煙に巻いてばかりで、真意を測れる者なんてそれこそ公安局の犬くらいでしょう。」
「ああ、あの咬噛慎也とかいう殿方のことかしら?あの方、どこかお兄様に似た感じがしますわ。いけ好かないけれど。」
「会ったんですか!?」
そこで初めてチェ・グソンが大声を出しました。まあ、何をそんなに驚くことがあったのかしら。チェの後ろのドアが開いて愛しの愛しのお兄様が顔を覗かせる。ああ、今日もお元気なようで安心いたしましたわ。
「…何の、騒ぎだい?」
「ああ、槙島さん。すみません、つい声を荒げちまって。…なまえさんが咬噛慎也に会ったそうで。」
「…へえ。それは一体、どうした理由で?」
「そんな…私はただ、お兄様がご興味をお持ちになった相手というのが気になっただけですわ。もしかして、お兄様たちのおっしゃる『計画』に不都合で御座いましたか?」
「いや…。いいよ。構わない。それよりも、お前が今考えていることを当ててみようか?」
「、」
「『何故お兄様は私を殺さないのだろう。お兄様の心が分かるのは私だけなのに。』…といったところかな。」
「だ、だって…王陵璃華子や御堂将剛はあんなにもあっさりと見限ったのに、私はお兄様に嫌われているのに、お兄様の思い通りにならないのに、何故私をここに…!」
「ああお前は馬鹿な子だ。お前が僕の唯一の家族だから此処に置いているに過ぎない。それ以上でも、それ以下でもない。…理解したかな?僕の、愚かで鈍い仔よ。」
「おにい、さま…。」
黙れ、と瞳をギラリと光らせたお兄様に顎の辺りを強く鷲掴まれる。私と同じ色の髪が頬を撫ぜ、同じ瞳が合わさる。
欠片は同じなのに、なんで、この人はかくも美しいのだろう。きっと、今私の頬はとても赤いでしょうね。
「お前は夜香木よりも待宵草のほうが似合うようだね。『高貴な心』なんて放って、僕に『移り気』してごらん。お前の静かな淡い心など僕に見越せられないとでも?」

逃れられない。どこまでも、どこまでも、私は貴方と果て無き穴に惹かれていく。
貴方の手に、キスをおとして。絶対に離さないでね、なんて子供みたいな約束の真似事を。


夜香木の花言葉:『高貴な心』
待宵草の花言葉:『移り気』『ほのかな恋』『浴後の美人』
他にもあります。
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テーマ「人外ファンタジー」
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