2 | ナノ
貴方を殺して私も死ぬ、だなんて物騒な台詞を吐く女の話が何処かにあった気がする。
ベタ中のベタ、在り来たりな展開で好む者は稀な悲劇。
いや、悲劇を好む者もいるにはいるか。
私には悲劇の良さはこれっぽっちも分からないけれど。
だからと言って喜劇やハッピーエンドの話が好きかといえばそうでもないのだが。
そんなことを考えながら閉じていた重い瞼を開きぼんやりと天井を眺めていたが頭に突如走り抜けた鈍い痛みに呻き声を上げた。
がんがんと頭の内側から叩かれるような痛みに頭を抱える。
右へ、左へ、痛みに身悶えていると此方に近付いてくる足音が聞こえてぴたりと動きを止めた。
痛みに耐えながらも近くにある気配の動きを探る。
程無くして近くにあった気配が更に近付いてきて私の直ぐ傍に腰掛けた。
その人物に視線を向けようとして顔を動かそうとすると、ぴたりと頬にひんやりとした何かを当てられて私は反射的にガバッと起き上がった。
勢いよく起き上がった所為か再び鈍い痛みが頭を襲いつい数秒前まで頭を預けていた枕との再会を果たした。

「あ、いっ…たぁ…」

頭に手を当て、枕に顔を埋めながらちらりと視線を上げれば私の直ぐ傍で狡噛くんが呆れたような表情を浮かべてベッドに腰掛けているではないか。
手にはご丁寧に水の入ったコップまで持って。
私の頬に当てられたのはこれだったのか、と合点がいったがまだ何故こんなにも酷い頭痛がするのか分からないままだ。
そんな疑問が顔に出ていたのか狡噛くんは私の顔を見てはあ、と溜め息を吐く。
人の顔を見て溜め息を吐くのは如何なものだろうか。

「二日酔いだ。…とっつぁんから貰った酒を全部飲み干したんだ、そりゃあ悪酔いするだろう」
「あー…うん、何となく把握したんだけど…もしかして私、酔って狡噛くんに絡んだ…?」
「鬱陶しいくらいには絡まれたな。やれシビュラに迫害されただのギノの頭が固いだの、まぁ色々だな」
「あ、ああ…ごめん…狡噛くん…」

彼の口から語られる自身の醜態に穴があったら入りたい程恥ずかしくなる。
ぼんやりと覚えているのは私が狡噛くんに絡んでいたことだけだ。ただ、どういった事を口にしていたのかまでは分からなかったので彼の口から飛び出た真実に頭を抱えたくなった。
幾らそこそこ長い付き合いがあるからってまさかそんな醜態を晒すことになるとは思わなかったのだ。
くつくつと喉を鳴らして笑う狡噛くんが恨めしい。
差し出されたコップを半ば引ったくるように受け取って水を飲み干せば狡噛くんは何が面白いのかまたくつりと喉を鳴らした。
愉快そうに細められた目が気に入らなくてキッと睨めば彼は笑みを浮かべながらずい、と近付いてきたのだ。その行動の意味が分からず、けれど何だか嫌な予感がして思わず後ずさる。

「ところで、あんたがまさかあんなことを思っていたとは驚いたな」
「何、もー…また変な事を口走ったの?気になるから早く言ってよ…」
「“朱ちゃんばっかりじゃなくて私も構って”って言ってたな」
「な…っ」

狡噛くんの思わぬ言葉にぎょっと目を剥いた。
嘘でしょう?私は酔った勢いでそんなことを口走っていたのか。
昨夜の自身の言動が信じられないやら恥ずかしいやらで顔に熱が集まっていく。

「一生の不覚なんですけど……ねえ狡噛くん、忘れてくれない」
「断る、滅多に甘えてこないあんたの可愛い本音が聞けて俺は嬉しいんだがな」
「あ、ああもう!そんな醜態…記憶から消すにはドミネーターで撃つだとか殴るとか多少手荒なことをしてでも…」
「それはまた随分と過激だな」

狡噛くんの襟をぎゅっと掴んで詰め寄れば彼は特に表情を変えるでもなく愉快そうに此方を眺めていた。
キッと睨んでみても涼しい顔をしていて威嚇にすらなっていない。
皺になるほどぎゅう、と彼のYシャツの襟を握り締めればふ、と前方に座る彼の力が抜けて狡噛くんの体は重力に従ってベッドへと沈んでいく。
彼に多少の体重をかけていた私は支えを失い前方に傾いて、彼の胸が私の体を受け止めた。
突然何をするんだ、と抗議をしようと顔を上げれば彼の唇はやはり弧を描いていてどうしようもなく苛立ちが沸き上がってくる。
私ばかりが調子を狂わされているのが悔しくてパン、と胸を叩けば彼は一瞬だけ眉を寄せた。
ふふん、と得意気に笑みを浮かべれば狡噛くんは何かを企んでいるかのような笑みを浮かべたため嫌な予感がして咄嗟に離れようとしたが腰に回された腕ががっちりと私を押さえつけているため離れることができない。
かと思えばするりと服の中に手が入り込んできたので私はぎょっと目を見開いた。
するすると滑らかに腰から背中を這う指先は徐々に衣服をたくしあげていく。

「あんな誘い文句を言われて手を出さない男がいるなら見てみたいな」
「はぁ、狡噛くんってさ…本能に忠実だよね」
「そう言うのはあんたくらいだ。…寂しい思いをさせたならすまなかった」

Yシャツを掴む私の右手に手を添えてやんわりと拳を解くと狡噛くんは私の掌を自身の口元に持っていく。
ちゅ、と掌に口付けて指を一本一本丁寧に舐め上げていく彼の表情は欲を孕んだ獣のそれだった。
自身以外の何者も見るなと訴えられている気がして私はふ、と笑みを溢した。私が貴方以外を見る筈がないのに。

「狡噛くんのすけべ」

ぽつりと呟けば彼はくつりと喉を鳴らして口角を上げた。
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -