2 | ナノ
※微グロ描写あり
※カニバリズム



「好きだな」

君のそう云う自然なところ、と槙島は続けた。咀嚼を止めてきょとんと目を丸くする少年は、真っ赤に血塗れた長毛の絨毯に座り込んで首を傾げている。そんな仕草すら愛らしいと槙島はうっとり笑んだ。

着せてあげた衣服はすっかり台無しになってしまっていたが、小さな掌から零れ落ちた臓物の一部と滴る体液が、えも云われぬ背徳美を齎している。それだけでない。咽喉仏が嚥下の度に蠢くのすら堪らなくそそられる。齧り付きたくなるくらいに。

槙島はなまえを善も悪も知らぬ無知蒙昧な子だとは思っていない。寧ろ同年代の少年とは較べるまでもなく明晰であるし、社会の歪さや愚能を理解している点で、大の大人よりも遥かに博識であるといって過言ではない。そう、少年―なまえは見掛けに依らず才子であった。

未発達な肉体を相手に好きなように着飾らせ、従順に懐いて見せるのも、純朴であるが故ではない。ただ己の渇望を満たすに十全たる者か否か、見極めた結果に他ならないのだ。今は未だなまえのお眼鏡に適っているからよしとして、槙島よりも有能だと感ずる者が現れればすぐさま姿を晦ましてしまうことだろう。まるで猫のようだ、と槙島はこの関係を非常に好ましく思う。

「変なことを言うなぁ、槙島さんは。ま、いつものことか」
「おや、酷いね。褒めてあげたのに」
「同輩を食って空腹を満たす行いを、自然なことだって言うんだもの。多分、そんな台詞が言えるのは槙島さんくらいですよ」
「まぁ、そうかもしれないね」

広々としたリビングで行われるディナーは、到底常人には受け容れられざる惨憺たるものだったが、槙島は構わずにソファの縁に嫣然と肘を掛けた。

「感謝はしてます。中々巷で堂々とできることじゃないですから。どうも一般的人間の口にする食事は身体に合わない。犬の餌の方がマシって感じ」
「身体に悪いよ。人間なんて、汚染されたものを蓄積しただけの脂肪の塊りだろう」
「ふふん、流石の槙島さんにもこればっかりは理解できないんだなぁ。鮟鱇って食べたことある?」
「生憎と」

なまえはべっとりと掌を濡らす血潮を舐り、栗色の双眸を細めた。口端を伝って顎から咽喉までを液体が垂れていく。ああ煽られている、槙島は愉快な気持ちでなまえの言葉を促した。視線は無意識に、そのか細い咽喉に注がれた。

「そりゃ残念。一度食べてみたらいいのに。あれはねぇ、理想だよ。顔と骨以外は全部綺麗に食べられる。知り合いに漁師がいてね、見せてもらったことがあるんだ。吊るし切りといって、文字通り下顎をフックに引っ掛けて捌いていくんだけど、全身がどろっどろでね気味が悪いったらないよ。でもそれがいい。口から水を流し込んでパンパンに張れた腹が裂かれていく様は見事としか言いようがない。ぼくは…人間もそうあればいいのにと、常々思うよ」
「そう。僕には理解し難いな。気味の悪さという点では、相通ずるところはあるけれど」
「今の人間はね、ぐにゃぐにゃで歯応えがないよ。お綺麗に生きてきた人間て言うのは、きっと肉の味まで詰まらないんだな。人生というのはそのまま肉の質に繋がるってぼくは信じてる」
「へぇ、それは面白い理屈だ。そんなことは考えたこともなかった。肉の質、ね。そうすると、君にとって僕はどんな味がするのかな」
「…槙島さん?」

パチンと薪の爆ぜる音。室内は適度に暖められ、屠られた骸は鼻を突く異臭を蔓延させる。優雅な素振りで立ち上がりゆっくりと近付く果敢ない色彩を、なまえはぼんやりと見上げたまま動かなかった。ぐちゃ、と手中から落ちた生々しい赤に目もくれず、跪いた玲瓏に目を奪われた。

「なまえ、僕を食べてみるかい?」

ちゅ、と戯れに触れた口吻。槙島は恍惚に溶けた目元はそのままに、呆気にとられて固まるなまえの頬を柔らかく包んだ。

「…やっぱり、槙島さんは変なことしか言わないね」
「酷いなぁ。これでも口説いているつもりだよ?」
「噛み付きますよ?思いっきり」
「ふふ、それは恐い」

思ってもいないことを口走る槙島に苛立ってか、なまえは威嚇するように眦を吊り上げる。そしてお世辞にも綺麗とは言えない濡れそぼった手で槙島の襟元を掴むと、勢いよく引寄せて唇を奪った。ぬるっと差し込んだ舌で槙島の口内を舐り味わうと、肉厚な舌にしゃぶりつき、時折犬歯を突き立てては甘噛みする。

幼い顔立ちに似合わぬ妖艶な仕返しだったが、槙島は子猫にじゃれ付かれているような擽ったい朗らかな気持ちすら覚えた。湧き上がる衝動、それは破壊や絶望を呼び起こすものではなく、ただ只管にこの胸に止めて置きたいと希ういとおしさだ。

敢えて甘受していたものの、やはりそれだけでは満足できなくなって深く口付けてしまう。遂には咽喉奥まで侵食し、なまえの吐息を瞬く間に奪い尽くした。いっそ咽喉の内側から食い破ってしまおうか。刹那過ぎった残虐な願望は幸か不幸か意識する前に消え去った。

「ん、もう満足なのかい?」

胸元を激しく殴打する小さな拳に押しやられ、槙島は漸くその身を解放した。

「…はっ、はぁ…もういい」
「遠慮しなくてもいいのに」
「槙島さんがすっごく、とてつもなく、果てしなく、糞不味いっていうのが分かったんで、もう結構です」
「それは残念」

顔を林檎のように火照らせて、それじゃあ説得力がない、と槙島は口にせずほくそえんだ。

「ああ、でも…」

未だ肩で息する矮躯を、槙島は何食わぬ顔で再び引寄せた。そして形のいい指先で顎を持ち上げると、ふっくらとした口唇に接吻する。

「確かに僕よりもずっと、なまえの方が美味しそうだ」

食べちゃいたい、と耳朶に直接吹き込まれる息になまえはぞくりと背筋を慄かせた。剰え耳朶をねっとりと舐られ、突き放す筈の指先から力が抜けていく。

「冗談も程々に…」
「冗談じゃないさ。君が望むだけの肉を、血を、僕は与えられる。好きなだけ食べればいい。好きなだけ、望めばいい」
「……本当に、あなたは変な人です。それじゃあ、遠慮なく言いますけど」
「何だい?」

なまえは上唇をぺろりと潤した。

「狡噛慎也がほしい」
「…へぇ。どういう了見だい?」
「ふふん、いいでしょう?望むだけくれるって、槙島さん言いました」
「別にだめとは言ってないよ。ちょっと妬いただけさ」
「……一々鬱陶しいんですけど。はぁ、まあいいや。約束は約束ですからね」
「いいだろう。その代わり、君は僕のものだ」
「どんな味がするのかなぁ、狡噛慎也。楽しみだなぁ」

これ以上は言わせまい、と槙島はなまえを押し倒し口付けた。いとおしい、なのに憎らしい。この煩わしさは、狡噛慎也を殺すことでなくなるだろうか。槙島は襲いくる仄昏い虚しさを掃うかのように、なまえの咽喉に食らいついた。
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