2 | ナノ
――わたしと彼の関係が変わってしまったのは、一体いつだったか。


はじめは、監視官同士。
所謂同僚ってやつだった。
わたしは数年前に解禁された飛び級制度を利用していたから、二歳彼より年下だった。
第一印象は『堅物』。
ギノも体外だけれど、彼も結構融通がきかない人間だった。
それは今でも変わらないことだ。
どこまでも真っ直ぐで、折れることを知らない性格は、執行官となった今でも、変わらない。

数年前に思いを通じ合わせた間柄とはいえ、わたしは彼との距離を持て余していた。

監視官時代は、単純に恋というもの自体に戸惑った。彼はどうかわからないけれど、わたしは執行官だけにドミネーター使用を任すことなんてできない人間だった。執行官に事件を丸投げするなんて、それは絶対にしてはならないことだと思っていたから。だから、自分ひとりで執行してしまうこともよくあった。死を顧みない行動を取るとはいえ、それでも私の心の中には、その恐怖が根を張っていた。
……そんないつ死ぬかも分からない人間が、人を愛することを知ってしまった。
本当に、愛してもいいのだろうか、と迷い、悩んだ。それは今思えば、とても贅沢な悩みでしかない。それでも以前のわたしにとっては一喜一憂するほどの大きな悩みだった。

彼が執行官へと降格した現在は、立場の違いに躊躇した。
監視官と執行官。クリアカラーと潜在犯。シビュラシステムによって格付けされた社会が、わたしの前に壁をつくった。わたしは、周囲にどう思われようともどう言われようとも構わない。どんな罵倒も中傷も、受けてみせる。その覚悟があった。だから彼を一心に愛した。愛そうと、した。でも彼は、優しくそれを拒絶した。苦笑気味に眉を下げて、何も言わずにそっとわたしを遠ざけた。そこでわたしは、はじめて躊躇った。これが、監視官と執行官というものなのだと思い知った。
ただ悲しくて、悔しくて。シビュラが許せない。赦せなかった。

それでも、わたしがまだ監視官として現場に立っているのは、多分、彼と共に堕ちることができなかったから。怖かったこともまた、事実。一度堕ちれば、もう二度と帰ってくることができない。
だからこそ彼はわたしを拒んだのだし、ギノだって執行官にもっと厳しくあたれと口うるさいのだ。わかっている、そんなことは。身に沁みてわかっている。怖くても、彼と共に堕ちればどれだけ幸せだっただろう。
それでも――。わたしには、彼をこの光の世界へ連れ戻さなければならない役目がある。そう思い込んでいるだけかもしれない。だとしてもわたしは彼が、闇に沈むべき人ではないと思っていた。すべてが終わったら。彼の手を取るつもりだ。彼が堕ちたときから、ずっと決めていることだった。だからわたしは、彼の拒絶を受け入れることしかできない。堕ちることができないから、そうするしか方法がなかった。
――それこそ、どれだけ哀しいことか。
自分でも、わかっている。





どこまでも変わらないでいろよ、
いつまでも、お前は変わらないでいてくれ

変わってしまった関係のあとで、そんなことを呟いてみても、無駄だということは百も承知だった。
それでも俺は、いない神に祈るような気持ちで彼女の瞼に口付けを落とした。

俺がどんな思いで、こうして接するのか、きっと聡い彼女はわかっているのだろう。
俺がどんな感情で、彼女を拒んでいるのか、きっと、わかっている。だから彼女は、執行官となっても、俺を受け入れる。
ぬくもりを求めるように肌を重ねても、俺は彼女が壊れてしまわぬように、堕ちてしまわぬように自らを必死に制する。それは決して気持ちのよいものではなかった。それでも、自分ひとりが苦しむことで、彼女が光に居続けることができるのなら。俺は喜んで自分を犠牲にした。

彼女には、俺のようになってほしくはない。
彼女には、光のままでいてほしい。
眩しくて、手が届かないくらいの存在でいてほしい。――本当は、そう願っている。

俺なんかが求めてはいけないものだとわかっていた。底の見えない真っ暗な闇に飛び込んだ自分が、再び彼女を求めては、罰があたるのだと。穢れのない彼女に触れてしまえば、彼女は黒く染まってしまう。そう思い込んだ。彼女は俺と堕ちることを厭わないだろう。それでも、俺は嫌だった。彼女に黒は、似合わない。彼女はそうやって明るく笑っている表情が、似合う。

しかし本能に勝つことのできない自分はやはり彼女を希求する。どうしようもなく、彼女が欲しいと自分の中の獣がもがく。訴え足掻くそれをいつも殺してから、彼女に謝る。そして欲しい、と漏らす。彼女は優しい。だから笑っていいよと微笑む。俺はそれをきいて、見て、益々申し訳ない気持ちに苛まれる。罪悪感、というのだろうか。それに似たもっと激しいものが俺を襲う。それでも、結局最後には、彼女を抱くのだ。せめてもの償いにと、彼女が闇へと堕ちぬよう。優しく、優しく。
そうして抱いたあとにその瞼へと唇を寄せる。
それは俺の、彼女への、光への思いそのものだった。





変わってしまった世界の中で、変わってしまった関係の中で、変わらないことを願いながら、しかしわたしは、わたしたちはきっと、変わってしまうのだろう。
もとに戻ることも、できはしないのだろう。
彼も、わたしも。ほかの、みんなも、きっと。
そんなどうしようもないこの国で、ただ祈るように生きることしか術は残されていないのだ。
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