2 | ナノ
 ホログラムが一切使用されていない無機質な室内に、小柄な少女がひとり、ソファに座りながら何も無い空間をぼんやりと見つめていた。そこに何かを見ているような様子で、ただ一心にその空間を見つめていた。
 少女は無表情だった。人形のようだった。
 雪のように透き通るような白い肌、漆黒の闇のような美しい髪、大きく曇りのない瞳、紅を差したような唇、どのパーツもまるで作り物のような艶やかさと美しさが備わっていた。
 そんな少女の瞳に映っているのは、アイボリーの壁と同色の天井、そして、光が射し込む小さな窓だった。
 窓からはどこまでも蒼く、澄んだ空が覗いていた。だが、少女の瞳にはそれは映っておらず、ただただ、目の前の空間だけを、同じ体勢で見つめているだけだった。それが楽しいのか、面白いのか、退屈なのかは、少女の表情からは読み取れないが、まるでそれが義務か何かのように、ただひたすらに何も無い空間を見つめていた。
 少女のいる室内は静かだった。しんと静まり返り、静寂だけがそこに生きていた。しかし、時折、音がした。少女の足首に繋がれた足枷が寂しげに動き、足枷から延びる鎖がじゃらりと鈍い音を立てた。
 少女は何時間ぶりかに何も無い空間から目を離し、己の足枷に視線を移した。少女の瞳に足枷と鎖が映り込む。その瞬間、少女の口元に笑みが浮かんだ。
 少女は目線をそのままに足枷に手を伸ばした。慈しむようにそれを指先でなぞり、愛しげに鎖へと滑らせる。指先から伝わってくる冷たさに、尚も少女は笑みを深くした。その仕草はまるで愛しい誰かを見るようなそれに酷似しているようだった。

「何をしているんだい?」

 静かだった室内に少女ではない誰かの声が響いた。
 少女はぴくりと肩を震わせた。その表情には驚きが映し出されていたが、ゆっくりとした動作で足枷から声のした方向に目を移した。

「おかえりなさい」

 少女はその人物に向かって微笑んだ。声が掛けられた瞬間から、誰が室内に入って来たのか分かっていたのだ。
 彼、槙島聖護は、入ってきた扉を閉めると「ただいま、なまえ」と言って、少女の近くまで歩み寄った。少女はその間も、槙島を見つめていた。その瞳には慈愛や敬愛といったものが滲んでいた。しかし、それ以上に狂おしいまでの感情も揺れ動いていた。
 槙島は笑いながら、覗き見るような仕草で少女の瞳を見つめると、満足げな様子で少女の足元に跪いた。

「相変わらず綺麗な瞳だね」
「………」
「狂気は人を美しくさせるというけれど、君は正にそれだ。狂気を纏う度に、綺麗になっていく」

 そう言うと、槙島は足枷の付いている少女の足に手を伸ばした。壊れ物でも扱うような手つきで、少女の足に触れると、足の甲に口づけを落とした。その動作はどこか洗練された紳士のような姿に見えたが、槙島の浮かべる笑みには、少女が纏う狂気と同じ、狂おしいまでの感情が滲み出ていた。甘美なまでの狂気だった。
 少女は紳士の仮面を被った美しい獣をじっと見つめた。
 槙島も同様に、少女の足に触れながら少女の熱い眼差しを受け止めている。そうして、少女と視線を合わせながら、そっと言葉を紡いだ。

「もっと君の狂気に触れてみたい」
「………」
「もっと……君の狂った姿を見てみたいな」

 槙島は足の甲から唇を離した。笑みを絶やさぬまま、少女の足に触れ、足枷に触れる。

「ああ、でも、そうだな……。たまには趣向を変えて、君の乱れた姿を見るのもいいかもしれないね」
「っ、」
「僕の手の中で喘ぎながら、快楽に泣き叫ぶ君は……狂気に酔った君よりも艶があっていいかもしれない」

 少女は唇から吐息を洩らした。こくりと喉を鳴らして、槙島の手の動きにひくりと反応を見せる。

「おや、君も期待しているのかな?」
「ぁ、っ」
「いい顔だ」

 槙島は少女の艶めかしい表情を見つめながら、もう一度、少女の足の甲に唇を落とした。なめらかな肌に唇を滑らせ、熱い息を吹きかけつつ、歯を立てながら、舌を這わせる。
 その一つ一つの動きに、少女は陸に上がった魚のような反応を示した。

「君は僕のものだ」
「ん……ぁ、」
「誰にも触れさせはしないよ」

 言いながら、槙島は上へ上へと手を滑らせていき、少女の太腿を掌で撫でつけた。

「君の感触を知るのは僕だけでいい」
「まき、し……さ………っ」

 敏感な肌は、槙島が触れる度にぴくぴくと震えた。

「さあ、言ってごらん。どうしてほしい? 僕にどうされたいのかな?」
「ぁ……、」
「君の望む通りにしてあげるよ」

 槙島は微笑んだ。少女の肌を嬲りながら、掌と指先で快楽を与えていく。
 少女はその笑みを目の奥に焼き付けるようにじっと見つめた。槙島の技巧に酔いしれながらも、狂気を孕んだ瞳を向けながら、そっと口を開く。

「……犯して、」

 その言葉を告げたと同時に、少女の瞳に映る狂気が色濃くなった。槙島はそれを見逃さなかった。

「犯すだけでいいのかい?」
「っ……」
「なまえ、」

 槙島に促されて、少女は喉を震わせた。

「わたしを……もっと、狂わせて…」
「お望みのままに」

 槙島は少女の両股に手を掛けると、股の間に自身の腰を割り入れた。そして、少女も槙島を求めるように、目の前の男の首に両腕を回した。
 どこか遠くの方で、じゃらりと鈍い音が鼓膜を刺激した。
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