第3回 | ナノ
※狡噛慎也監視官


その日は第2当直勤務であったが、なまえが勤務シフトを守る事は叶わなかった。

自宅マンションの寝室。
ベッドで安静にしているなまえの呼吸は辛そうに乱れている。

起床時からだるさを感じてはいたが、昼をすぎて急激に悪化した。
熱を計ってみると38.5度。
それでも出勤しようと試みたのだが、関節痛と悪寒が酷く、とても勤務できる状態ではなかった。

同じシフトである宜野座に連絡を取れば、

「なまえ、お前はそんな状態で出勤するつもりか?! 足を引っ張るだけだ。今日は休め」

と一喝されてしまった。
声を荒げるのは、宜野座が本気でなまえを心配しているからに他ならない。
そんな心配症な幼なじみの不器用な好意に甘え、なまえは休みを頂く事に決めた。

「痛い……。寒い……」

呟きながら布団の中で丸くなる。
熱のせいか、頭もボーッとしてきた。

(なんでこんな時に風邪なんて引いてるんだろう、私…)

一係が抱えている事件が大詰めを迎えているこの大事な時期に、ただでさえ少ない人員に穴をあけてしまった。…とても申し訳ない。

胸が苦しい。
それは罪悪感からか、風邪のせいか。

「慎也…」

狡噛を想う。

宜野座、なまえと入れ替わりに狡噛は勤務を終える。
なまえが病欠だと知ったら、優しい恋人は迷わずここへ来てしまうだろう。
ダメだ。狡噛に風邪をうつす訳にはいかない。それでも――

(慎也に逢いたい…)

体調の悪い時は誰だって弱気になる。
なまえも類に洩れず弱りきっていた。

強い意志を宿す真っ直ぐな狡噛の瞳は、いつでもなまえを優しく見つめてきて――その瞳を思い出し、自然と涙が零れた。


―――――‥‥


温かい指先がなまえの頬に触れている。
指先は滑らかに動き、目じりをなぞった。
まるで流れていた涙を拭うように、優しく。
次いで熱く大きな手のひらが額に乗せられた。
その熱さに、なまえの意識は徐々に覚醒する。

「ん…」

いつの間にか眠ってしまったらしい。
うっすら目を開くと、長身を屈めた狡噛がなまえの額に手を充て心配そうに覗き込んでいた。

「しん…や…?」
「まだ熱があるな」
「……っ、慎也…!!」

込み上げてくるものを抑えきれず、狡噛に向けて片手を伸ばす。
頬に触れると、呼応するように端正な顔が間近に迫った。

「なまえ?」
「逢いたかった…慎也…。寂しかったの…」
「……っ」

熱に浮かされながらも己を求めるなまえに煽られながら、狡噛は額に充てていた手を滑らせて後頭部へと回した。
そのまま覆い被さるようになまえを抱きしめる。

「遅くなってすまない」

そう耳許で詫びた狡噛の声は掠れていて。

「ううん。来てくれて嬉しい。ありがとう、慎也」

狡噛の首にきゅっと腕を絡めてより密着すると、寒さで震えていた体が心ごとじんわりと温まっていった。

間近で感じる彼の呼吸は僅かに乱れている。
おそらく勤務を終えてすぐに駆けつけてくれたのだろう。

「今、何時…?」

中途半端に開いたカーテンの向こうは夜の世界だ。
かなり長い時間眠っていたようだ。

「4時だ。もうすぐ夜が明ける」
「こんな時間まで残業してくれていたの…?」
「現場を離れられなくてな。ようやく一段落ついたから後はギノに任せてきた」

本来ならばとっくに狡噛の勤務は終了している。
それでもこんな遅い時間まで残業していたのは、

(私が抜けた穴を埋めてくれていたから…?)

狡噛だって疲れていただろうに…。
なのに勤務が明けたその足で、こうしてなまえに逢いに来てくれている。

なまえが黙り込んだのを不思議に思いながら顔をあげた狡噛は、その表情をみて苦笑した。

「そんな顔するな。何を考えているか顔に書いてあるぞ」
「だって…」
「なまえのカバーなら大歓迎だ。それに――ちゃんとご褒美を貰うから問題ない」

狡噛の顔がゆっくりと近づいてくる。
何をされるのか察したなまえは慌てて彼を制した。

「だめ……っ、風邪がうつっちゃう」
「うつらないさ」

鼻に抜けた笑いを洩らした狡噛の息が唇を擽り、そのまま優しく唇を塞がれた。



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