第3回 | ナノ
※猟奇的表現あり※



「祖母がね、よく昔話を聞かせてくれたの」
白い部屋で恋人に語り掛ける。
「日本のお話も好きだけど、グリム童話は刺激的。兄妹二人で魔女をやっつけるヘンゼルとグレーテルはドキドキしたし、悪い狼と猟師の間で揺れ惑う赤頭巾は悪い誘いが素敵な物だと教えてくれた。
中でも好きだったのは青髭男爵。不貞を犯さない為の貞操帯も、約束を破った妻への仕打ちも全てが魅力的だった。愛って残酷で、刹那的で、簡単に手に入らないからこそ憧れるのだと思った」
そっと恋人に手を伸ばす。
割れ物を扱うかのように頬を撫でるけれど、もう彼はどこか壊れている。
人体の限界を超える力で拘束された手首の先と生命の色をちゃんと残した前腕の間。
まるで熟れた果実が果汁を溢す直前のよう。
ふと手を置いた頬の近く、血が滲んでいるのを見て勿体無いと口付けた。
私の色相と同じ黒に近い赤。
「こんなに私はあなたを愛してる。だからどうか、別れるなんて言わないで?やり直そう、その言葉が欲しいの」
真剣に彼と見つめ合っても、彼は何も言ってくれない。
「また失恋か。本当に・・・残念」
彼の体重を支えていた椅子を蹴飛ばし、彼を見上げる。
おあつらえ向きに天井に取り付けられた梁にロープを通し、彼の首にはめられた犬の首輪をフックで固定するのは最初の準備で終わってる。ぎちぎちに拘束された腕も助けを呼べないように大きな裁縫針で縫ってしまった唇も。
自重に沿って彼の気道が圧迫されるさまを見て、苦しそうだと良心にずきり。
ばたばたと四肢を痙攣させてもがいてる姿。大きく目を見開いて、喉の奥で何かを伝えようとしている真っ赤な口。
それを見て、12時だと思った。魔法が解けてしまう時間。
口の中にはまだ彼の生命の味が残っている。
自分が泣いていることに気付いて、その分口の中の成分が吸収されるまでどのくらいなのだろうとぼんやり考えた。

「終わったのかい?」
「・・・はい」
ぼたりぼたりと涙を零しながら隣の部屋へ。
そこには読んでいた本を閉じて立ち上がる白い男。
槙島聖護と名乗られたのは随分と前になる。
「なんで新しい恋人を殺したのか、聞いてもいいかな」
ある程度は予測しているのだろう彼は、それを私の口から聞きたいらしい。
「彼・・・私のアルバムを見たんです。前の恋人たちの」
丁寧に装飾されていたから童話の一つだと思ったのかもしれない。
ある意味正解だ。
中にはお菓子の家の魔女よろしく燃え盛る男や、腹いっぱいに石を詰められた男のスナッフフィルムがあったのだから。
恋人たちは絶対に私の前からいなくなってしまう。
ある時は私と一緒にいるだけで色相を濁らせて隔離施設に行ってしまったり殺処分されたり。色相が危険域まで濁らずとも、大抵の王子様は私から逃げようとしてしまう。
どうしてだろう。
逃げようとさえしなければ私はちゃんとお姫様のままでいたのに。
「別れようって・・・でも、私が見ないで。って言ったのにその約束を破るのは酷い」
「童話の青髭に出てくる娘も夫の言いつけを破ってしまうね」
「・・・せめて私の知らない間に警察に通報してくれて、私が公安に殺されるような事になってれば、彼は生き延びることが出来たのかもしれません」
「けれど彼が公安に通報するより早く、君は彼を処分した」
その言葉に頷く。
「運命の選択。童話の上での正解は全て主人公の答え次第。
長女と次女が間違えて殺される。助かるのは末娘だけ。童話ではお決まりのパターンですよね。
私は自分の選択が、この社会で間違えていることは知っています。だけど・・・こうやってしか生きられない。そうでないと自分の生き方を否定してしまう。私はいつだって恋をしたい、お姫様になりたい」
「例えそれが何人もの骸の上に成り立つものだとしても」
納得するように、槙島聖護は私の言葉に続いた。
「シンデレラシンドローム。童話のシンデレラのようになりたいと、自分だけの王子様を見つけたいと思う女性は多い。だけどシステムが自分と相性の良い相手すら見つけるようになった今では、君ほどに憧れを持つ女性は少ないだろうね」
「“恋というのは1つの芝居なんだから、筋を考えなきゃ駄目”ですよ。システムに与えられた王子様なんてロマンスの欠片もない」
「谷崎潤一郎か。好きなの?」
「読んだことはありません。彼がこないだ読んでいた本の一説を教えてくれて」
隣の部屋。首吊を吊った死体。ついでにと刃物で傷付けたせいで足元には失禁したように血溜まりが出来ているそこを指差す。白と赤。酷く物語的なコントラスト。
槙島は残念そうに溜息をついた。
「良い作品だ。君も読んでみるといい」
「・・・童話どまりの私の国語力で理解出来ますかね?」
「手伝ってあげるよ」
甘美な誘いだと思った。
多分彼はその顔、表情、仕草、言葉。
自分がどうすれば相手を思い通りに動かせるか分かるのだろう。
赤頭巾に出てくる狼、お菓子の家の魔女。
艶美で、恐ろしい人だと思う。
だからこそ「考えておきます」とその話は保留にし、彼の死体の処理に向かった。
ただ、
「そう言えば・・・君は僕を恋人にしようとは思わないんだね」
その言葉には断固として「お断りさせて頂きます」と答えさせてもらったが。
「どうして?僕には魅力が足りないかな」
艶然とした笑みを浮かべる彼に魅力がないなんてあり得ない。
けれどやはり、王子様には似つかわしくない。
「・・・簡単ですよ。私よりあなたが強いから。私があなたを殺そうとしても、あなたが私を殺して終わる」
王子にはならないし、なる気もないだろう。
例えるならシンデレラに出てきた魔法使いのように、私が王子様を探す手伝いをしてくれるだけ。
彼に望む立ち居地は、きっとそれだけで十分なのだ。
ただ欲を言えば。
もしも本当に槙島聖護が魔法使いなら、とけない魔法をこそかけて欲しい。
けれどそれは不毛な願い。
もしも槙島聖護が王子様でも、彼は私を愛してはくれないだろう。
手に入らないからこそ、焦がれるのが自分の恋なのだから。



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