第3回 | ナノ
「…おい、髪をちゃんと拭かないと風邪をひくぞ」

 いつも言ってるだろう、と少し呆れたような顔をして近づいてきた慎也は、自分の首にかけていたタオルで私の髪を優しく拭き始めた。上半身に何も纏っていない彼に風邪の心配をされるのは説得力の欠片もなかったが、私は彼の手つきが気持ちいいので何も言わないでおいた。
 仕方ない、うちではホームセクレタリーのアバターが頼まずとも直ぐに髪を乾かしてくれるのだ。けれども私は機械に温風をあてられるより、こうして彼に髪をぐちゃぐちゃに拭かれる方がずっと好きだった。この温かさにずっと身を預けていられるなら、私は何でもするな、とさえ思う。

「紅茶でも飲むか」

 粗方の水分を取り終えて満足したらしい彼が、用済みのタオルをぽい、と投げる。聞きながらもう此方には背を向け、何処で手に入れたのかも分からない本物の茶葉が入った缶を取り出しているところを見ると、特に答えは求めていないらしい。

「…ミルクティーにするか?」

 そう聞いておきながら、やはり答えなど分かり切ったふうにミルクを温め始めた彼の後ろ姿を眺めて思う。こうまで甘やかされていると、このまま際限なく甘えてしまって、きっと私はいつの日か駄目な人間になるんじゃないだろうか。
 慎也、と呼べば、なんだ、と彼が振り返る。その顔がとても穏やかだったから、私は自分の考えていることが少し馬鹿らしくなった。彼はきっと甘やかすだの何だのと考えてはいないのだ。だから余計に、寄り掛かってしまいたくなって困るのだけど。

「…あんまり甘やかさないでよ」

 慎也は何のことだか分からない、といったような顔で此方を見て、首を傾げた。

「……どうして?」
「…子供みたいだから」

 言葉にしてみると、それはどうにも子供染みて聞こえた。慎也は此方に歩み寄ると、私の髪を掻き回し、「別に甘やかしてるつもりじゃないだがな」と言ってふっと笑う。この顔すごく好きだなあ、などと馬鹿に心臓が温かくなると同時に、やっぱりなと思う。やっぱり、無自覚だったらしい。

「…ただ、可愛いからつい構いたくなるだけだよ」

 慎也はそう言って、それはもう自然な動作で私の額にキスをした。───この男は滅多に愛など語らないクセに、時折他意もなく、やはり無自覚に、こういう台詞をさらりと言ってのけるから厄介だ。全くどこでそんな台詞を見つけてくるのだろうかと不思議になる。読書家は侮れない。
 もしくは先天的な才能なのかもしれないと私は彼の罪深さを呪いながら、赤くなる顔を隠した。頬が熱い。彼の唇が触れた額が熱い。すぐに彼が喉の奥で笑うのが聞こえたが、暫く顔を上げられそうにない。



例えば海を泳ぐ月の話

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