1 | ナノ
「君はどうしてこんな仕事をしているの?」

槙島さんの白魚のような指が、ついこの間まで美少女だった骨で出来たパイプをくるくると弄んだ。美少女と言っても私のところに持ってこられた時には、すでに頭と体がちょっきんされていたのだけれど。

薬品と血と臓物の匂いがするこの白々しい部屋の中で、白い彼はますます白く、緑色のセーターを着ていなかったからきっと壁と一体化していたに違いないと冗談半分に思った。

「犯罪係数が高すぎて他に働けるところもなかったし、セラピーを受けるのもかったるくて」

牛の解体をする時に使われる刃の長い包丁を熱湯につけて、こびりついた脂を落とす。ばんばん換気扇を回していると言うのに、すでに染み付いているのかなかなか血生臭さがなくならない部屋に、我が職場ながらほとほとうんざりした。もう何人の哀れな狩りの獲物をここで解体しただろうか。

「泉宮寺さんには感謝しているんです。お給料もいいし、住み込みだし。…骨でパイプ作ってくれっていわれた時は、さすがに趣味悪って思いましたけど」
「でも結局作ってるじゃないか」
「期待されると応えたくなるタイプなんです、よ」

っと、電動ノコのスイッチを入れて稼働に異常がないか確認する。時々、何かが詰まることがあるのだ。まぁ、何がとはあえて言いたくはないが。槙島さんは電動ノコの耳障りな音に肩を竦めて、パイプを解剖台の上に労るように優しく置いた。稼働に問題は無いようだ。スイッチを切って、所定の位置にしまう。

「そろそろ転職なんていかがかな?」
「転職、ですか」
「これは一つの忠告だけど、僕の予想ではこのまま泉宮寺さんにパイプを作っていたら、君は職を失うどころかドミネーターで木端微塵の運命だ」

木端微塵は嫌だ。すごく嫌だ。

「でもどこに?」
「僕のところ」

クスリと悪そうに微笑む。

「えっと…」
「よかったら、今から食事でもどう?これからのことでも話ながら」

槙島さんは無造作に括った必死こいてダメージケアをしている私の髪を一束掴んでキスをした。よくそんなキザなことができるものだ。しかも、この人がやると妙に様になる。

「それに君のことも教えて欲しいな」
「はい?」
「僕は君に興味がある。君も僕に興味がある。異性としての、ね。違うかい?」
「槙島さん、自意識過剰なんじゃないですか?」
「図星だろ」

女なら誰だって、あなたみたいなミステリアスな美形には興味があるでしょうと言い返そうと思ったが、それでは認めてしまうことになるのでやめた。

「私が興味あるのは、明日からの生活支えてくれるお仕事だけですけど」
「つれないね」

ふと槙島さんは顔を曇らせ、伏せられた睫毛が影を落とす。

「別に僕を楽しませてくれなんて言うつもりじゃないんだよ。…ただ」

そして儚くふっと笑う。

「君なら僕を理解してくれるような気がしただけだから」
「…槙島さん」
「………」
「これしきで流されると思ったら大間違いですからね!寂しげに笑ってその長い睫毛震わせてれば、大概の女は落ちるでしょうけど、口説いてくださるなら直球でお願いします」

きょとんとした後、ころりと悲しみの影がなくなり至極楽しそうに笑って、これは手厳しいと言った。

「じゃ、行きましょうか。奢ってくれるんでしょう?」

ゴム手袋をゴミ箱に投げ入れて、髪をほどいた。

「君って本当に面白いね。それは、前向きな返事と捉えていいのかな」
「そうですね…」

所詮は私も女だっていうことですよと肩を竦めてみせた。口許の笑みを深めた彼のその悪そうな笑顔が、寂しげに笑うよりずっとあなたらしくて好きですよ、なんてね。
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