うん!今日は思い切って新しいことに挑戦してみた!皆に子供扱いされるのは今日限りにしてもらおう!
そう意気込んだなまえは職場へと足を運ぶが…。
「あれ?皆は?」
彼女がゲームをしている縢に尋ねれば、彼は画面に向かったまま「出かけてるよー。」と答えた。
(どうして皆そろって出かけてるんだ!職場に入った瞬間、皆をワッと驚かせるつもりだったのに!)
現在ここには縢しか居ない。なんだか溜め息をつきたい気持ちになりながら自分のデスクへと足を運ぶなまえ。
(というか、縢は置いてけぼりだよね。いや、出かける時に声をかけられなかった私も似たようなものか。あれか?お子様はお留守番でもしとけってか?)
縢と二人きり。その現状を理解したなまえは不意に彼を意識してしまう。彼女にとって縢秀星とは片想いの相手でもあった。
しかしながら彼は彼女のことを女性として見ていないだろう。そもそも職場で誰一人としてなまえのことを女性として見ていない。むしろ子供扱いばかりだ。
(私と縢の何が違うんだろう?)
周りから子供扱いされていない彼を心底羨ましく思っていたら恋が始まったわけだが、まぁ、年齢的に大差がないのに子供扱いをされるのはなんだが悔しい。
なまえがそう悩んでいると、隣から声をかけられた。
「あれ?今日のなまえちゃん、なんか雰囲気違うくね?」
縢がそう思ったのは彼女が自分のデスクについたときだ。チラリとゲームから視線を彼女に向けただけなのだが、なんだが普段とは少し違って大人っぽいような…。
一方なまえは彼の言葉に一瞬驚きの表情を見せたが、直ぐに彼から視線を逸らして俯く。
「何が、変わったと思う?」
そう尋ねる彼女の頬には微かに赤みがさしている。照れているなぁ、可愛い。なんて思えば無意識に口元が意地悪くニヤけてしまう縢。
「さぁ?もっとこっち向いてくれないと分かんねーって。」
縢はそう言うとゲーム機を置いて、隣に座る彼女の顎を掴むとグイッと真横に向けさせる。
「いっ…!」
突然の行動に驚いたなまえは目を見開いて縢を見上げた。きっと彼女の唇は痛いと言おうとしたのだろう。しかしその言葉は縢の親指によって遮られる。彼はその親指をなまえの普段とは違う唇をなぞった。
「さては、口紅つけてみた?」
ドキリと胸が高鳴るなまえ。ルージュの口紅が塗られた口から微かに「あ…。」と漏れた言葉が肯定を示すものだと縢には分かっていた。
「ふーん、道理で大人っぽく見えるわけだ。」
彼の手を払うことができないまま彼の瞳を見つめるなまえに、縢は質問を投げかける。
「どうしてなまえちゃんは、突然口紅なんかつけてきたのかなー?」
「そ、それは…。」
彼の質問に口を閉ざすなまえ。一瞬言ってしまおうかどうか戸惑ったが、彼女は決心する。そう、大人になりたいのならきちんと自分の意志を伝えるべきだ。
「子供扱いしないでほしいから。縢に、私を女性として見てほしいから。」
言ってしまったー!あー、もー、恥ずかしい!消えてしまいたい!と心の中で叫ぶなまえの顔も熱を浴びていて。縢の顎を掴んでいる手の体温が妙に低く感じられた程だ。
一方縢はなまえが目に涙を溜めながら言うのを、やっぱり可愛いな、なんて思いながら彼女の涙を拭ってやる。何よりも、彼にとってなまえの率直な言葉はとても嬉しかったのだ。彼女は伝えた。だから、拒む理由などどこにもない。
「いいぜ。けど、」
彼はそこで言葉を区切るとゆっくり彼女に近づき、そして―――。
なまえの思考が停止する。感覚が遠退いたような気がするけど、夢ではい。先程の唇に感じた温もりと感触は夢ではないのだ。
ペロリ。唇を離す時に、彼はなまえの唇を舐めとった。
「口紅は禁止。それが邪魔でなまえの味がしねーから。」
縢はそう言って再度彼女の唇へ口を近づけ、彼女の口紅を舐めとろうとする。なまえは彼に呼び捨てされたことを意識しながらも慌てて抵抗した。
「ちょっ!?口紅がとれたら、」
「皆から子供扱いされるって?いいじゃん。俺だけがなまえを大人扱いできればそれで十分。」
縢はそう言ってなまえに優しくキスをして、口紅を舐めとっていく。何度も、何度も。それはまるで、ルージュの戯れを舐めとっているようだ。そして次第にそれは深さを増していき、なまえは初めての感覚や息苦しさに目を瞑るが、そこに不安も恐怖もない。あるのはただ、彼が大人扱いをしてくれているということ、そして自分たちが両思いであるということ。そのことがただ嬉しくてたまらなかった。
きっと縢なら口紅をつけなくてもなまえのことを大人として、女性として見てくれるだろう。だって自分の想いを伝えることで確かに彼女は成長したのだから。