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!この小説は、サイコパスのキャラクターは直接的には出てきません。咬噛の弟が、朱によって知らされた、咬噛の逃亡に色々もやもやしている、というものです。語り手は朱の弟です。朱の弟がみょうじ、咬噛の弟がなまえとなります。苦手な方は閲覧ご注意ください。

「ほい。」
「さんきゅ。げっ、なんだよそれ。」
珈琲をいれるのが上手いんだ、と豪語する友人はとんだ甘党だった。なんでも、兄貴と父親が珈琲好きで、側で過ごす内にコーヒーコーディネーターの資格をとれるまでになったらしい。なのに、検定等と関係なくなると砂糖もミルクも阿呆のようにいれるのだ。ならば最初からココアを飲めばいいんじゃないか…?と呆れながら、手元の端末に表示されているネット掲示板のスレッドを覗く。
秘密とは不思議なもので、誰にも言うなは誰かに言えと等しい。
「公安局、未成年者の登用で随分バッシングを受けてるみたいだな。濁った奴いるんじゃねーの?」
「ああそーそー。しかも刑事課なんだぜ。広報課の苦労も考えて欲しいね。つか既に部長が三日休んでる。」
やばいなあと呟きながら眩しいほどのクリアカラーを携える友人を、呆れたようにみょうじは見つめた。彼の兄貴はどうやら潜在犯らしく、高校・研修所でなじられていたという。曰く、『潜在犯の弟の癖に色相がクリアだなんてふざけてる。』だとか。それでも濁らないコイツは、メンタル美人と称される自分の姉とはまたちょっと違うタイプなのだと思う。
なまえは多分、心が麻痺しているのだろう。目の前の現実を、ひとつの“現象”として捉えることで自衛する。その達観した態度が、広報課では結構有名らしい。
「兄貴元気かなあ。」
「あれ?オフィスは同じ公安局内だろ?」
「…はは。サイコハザードの恐れがあるから、一般社員と執行官は会っちゃいけないんだよ。」
「あ〜、成る程。」
「あ、でもお前のお姉さんには会ったよ。あの人って配属された日に色々やらかしたらしくて、俺も詳しくは知らないんだけど給湯室のガールズトークによると、俺の兄貴…先輩執行官を撃っちまったらしい。」
「落ち込んでた理由はそれか…。」
八ヶ月ほど前に通話した時の姉を思い出して苦笑した。一般人には詳細を話せない職種だからと落ち込んでる理由が判らないなりに必死にフォローした、自分の努力を誰か称えてくれ。

「みょうじさ、お姉さんには会ってる?」
唐突に聞かれた質問に、意図がわからず首を傾げる。いや、と答えると、そうかと呟いたきりなまえは黙ってしまった。そこで彼の持っているカップの中身があまり減った様子にないことに気づく。ちびりちびりと舐めるように飲むタイプなのは知っているが、今日は一滴も飲んでないように思える。色相がクリアでも、毎日メディアに騒がれていれば疲れも感じるのだろう、と結論づけて質問の意図を尋ねた。
「兄貴はね、ある意味では朱さんと一緒だったのかも知れない。」
「?」
「自分の信じる正義と、怒涛のような感情の渦の中で希望を見出す。俺達の兄姉はそういう人達だ。」
わかってたんだ、と吐息だけでつむぐ。もうなまえはこちらを向いてなかった。ぼんやりと、睨むような視線を手元のコーヒーに送っている。ああ、二回目だ、と頭じゃない、別のところでだれかが言った気がした。
「三年前から、俺の色相はずっとクリアだ。何を考えても、何を行っても、『俺』という人間は正義であるとシビュラが告げたんだ。」
「さんねん、まえ。」
「…くそったれが、俺は人間なんかじゃない。兄貴が潜在犯の烙印を押されて、親戚の奴らも、親も兄貴のことを嘆いて、お前はそうなってくれるなと、縋られても、俺は…!」
裏返った声が一度鳴り止んで、悲鳴のような深呼吸が空気を震わす。みょうじの頭はもう考えることを放棄していて、心臓の震えがコーヒーのみなもを静かに揺らす。なあ、今日は神保町に行くんだろう。今時珍しい紙の本を買いたいとお前が言うから、とったばかりの免許で少し遠出して、古本屋を廻るんだって、そう言ってたじゃないか。もう昼だ。早く行かないと日が暮れてしまう。
閉めきったカーテンの外で、甲高い子供の声が聞こえた。きゃはは、つかまえた!つぎはおまえがおにだ!
おにか、そうか。お前はおになのか。
「俺はなんにも思わなかった。目を吊り上げて脅すように迫る親父も、ヒステリックに叫ぶお袋も、全部ぜんぶ俺には無意味に思えて、これからは兄貴に会いづらくなっちまうなあなんて呑気なこと考えてたんだ。兄貴も、俺は変だってはっきり言ったんだ。部下の仇をとる為に、家族も友達も自分の未来でさえも捨てちまう奴がだぜ?…俺は、人間じゃない。」
ずっと下に向けていた視線を、窓の外になおして言い聞かせるように繰り返す。そとは快晴だ。予報が正しければ。
「お前は、人間じゃない。」
「そうだ。」
グレーの瞳がその言葉で光をぎらりと反射させる。人外はあながち間違っていないかもしれない。友人の贔屓目なしに見ても、今の光はなによりも美しく思えた。何故だろう。
嗚呼、泣いているのか。

「俺は兄貴を追う。兄貴を殴って、納得がゆくまで説明してもらって、また一発殴って帰ってくるつもりだ。」
「治療代は払ってやれよ。」
さあ、どうしてやろうか。なんて笑うなまえの釣り目から、一筋の真珠が垂れた。
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