1 | ナノ
※監視官狡噛設定


(重たい。)
(引き金を握る指先が。)
(凍えそう。)




寒い寒い、と白い息を吐きながら、なまえが助手席に乗り込んで、男の横顔をみれば外の寒さで強張った表情を崩す。しかし車内は先程、狡噛も乗り込んだのか、あまり外の空気を変わらない温度で。
頭の後ろで指を組んでいて、ぼんやりと目を閉じていた狡噛が女に目線をよこすと、自分もシートベルトを引っ張る。

「お疲れさん」
「コウもね、今日はよく走りまわった」

丸めたコートを膝のうえに乗せ、細い指で暖をとるように口元に寄せた。彼女の細い指先は寒さのせいか赤くなっている。

「お腹空いた。寒い。疲れた」

男がふう、と白い息を吐きながら息をつく。車の端末に指を滑らせ、路地から大きな通りに出る。前方の信号は赤になり、前を走っていた車と一定の車間距離をとってゆっくりと車は停止する。

「どれか一つにしろ」

「じゃあお腹空いたなー」と笑いながら言えば、「着くまで我慢しろ」と一蹴。結局我慢。指先が凍ったように冷たい。首にもっていき当ててみると、案の定、冷たかった。
足元から暖房の熱気がせり上がってくる。軽く伸びをして、背もたれに身体を預ける、横に座っている端正な横顔をみた。後ろにはビルのネオンがきらびやかに光る。そして、「ああ、疲れた」と瞼を半分落とした。

「どこか寄って帰ってもいいが…食いたいもんあるか?」
「……」
「おい?」
「…へ?」
「ったく人の話は聞け」
「…ああ、うん…」
「腹減ってるんだろ、どこか寄って帰ってもいいぞ」
「ふふ、職務乱用だ」

彼女は執行官になって、時々、征陸や狡噛に連れられ、外で食事を摂る事が多くなった。執行官の寮、公安局の食堂も美味しいが、こうやって外で食事をするのもいい。それをよく教えてくれた。と、いっても特別高級なものでもないけれど。それでも彼女にとってどれも美味しく感じれる。

(…ラーメンとか)

こんな寒い夜には、さぞかし、身体はあったまるように思えた。
冷たい指先で唇に触れてみる。首筋や唇は凄く熱さに敏感だ、そんな気がしたから。

「んー」となまえは頭を傾げさせたあと、やっぱりいいや、と首を振った。「帰ろ」と短く言ったが、微かに違和感を覚えたので顔を彼女のほうへ。目線は真っ直ぐ、指先を口元に添えたままで、フロントガラスの向こうを見やっていた。厚手のコートを羽織った人々が足早に帰路に着く姿が目に入る。


「帰ろう。慎也」
「…」
「はやく、帰りたいよ」


そして少しだけ目元を緩めて、男を見つめた。そうして、何も意味もなさなかったようにまた元へと目線を戻した。この街を象徴するタワーがゆっくりと姿を現してくる。

じわじわと車内は暖かくなった。

「―…」

ふと、狡噛は左の腿に感じた感触に、目線を落とす。添えられた彼女の掌の体温はスラックス越しに伝わって冷え切っていた。指先まで。彼女が置いた指先の場所の冷たさがまた熱を生んでいるように狡噛には錯覚をする。
彼女が執行官として、誰かを撃った夜は、こうやって求めてくる。自分はそれを知っていて、彼女はそれを知らない。泣きそうな顔で、腕を回して縋ってくる事さえも。

(あぁ、)

ゆっくりと目線をフロントガラスの向こうへ戻す。咥えていた煙草を摘んで、灰をトン、と落とし半分くらいになったそれを咥える。
彼女が車を乗る際に何故寒い中、コートを羽織っていなかったのか今になって疑問が解けた。だらりと女の足元に垂れた黒のコートの袖先の裏側の生地が中途半端に他の色に染まっていた。血を被った場所を冷水で洗って落とそうとしたのか。帰って専用の物で落とせば、綺麗に落ちるだろうに。それすら、捨てるという選択肢さえあったのに。水をじっとりと含んだ袖先はさぞかし冷たいだろう。


「…でも部屋に、食べる物あるかな…わたしはもう大丈夫だけどコウは、お腹空いてるでしょ」
「…ん…いや、いい」


「帰るか」と狡噛が短く呟いた。とうとう煙草を擦り潰して、なまえの瞳の奥が揺らいでいたが、それ以上は何も言わず腕を伸ばした。行先を公安局、彼女の寮へと設定する。

女の思いの底まで、全ては汲み取れないけれど。何も考えさせずに彼女に触れたくなった。この冷たい指先を何とかしてやりたい。どうせ明日は互いに非番だ。
思いとは別に視線を遠く落としていた矢先、車は安全に音も静かに停車する。

「―…」

トン、トン、と窓に置いた指先を叩かせながら。
狡噛が前の車との一定の車間距離を持った背景を眺めたあと、横目で彼女を見やった。何気なくする彼の仕草もなまえの胸を反射的に高く跳ねさせる。彼は端正な顔立ちを少しだけ表情は崩した。微笑むようにも、子供の悪戯なそれにも見えて。男の形のいい唇が僅かに緩んだ。


「安全装置がもどかしいよ」
「…あ…」


もう一度首筋に触れると、指先はじわりと熱を持っていた。とかされたように。
今日も交通事故は0。馳せる思いとは別に、車は寒空の下、安全運転で進んでいく。
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