どうして。そんな在り来たりな言葉が私の脳裏を行ったり来たりを繰り返している。でもどんなに考えても分からない。何故なら彼はいつもと変わらず笑っていたのだ。さっきまでは確かに笑っていたのに…


「あい?ぬー考えてるばぁ」


まるで夏の陽光のような彼特有の朗らかな笑みは疾うの昔に消え失せていて、あるのは私を射抜くように捕らえる捕食者の強い眼光。初めて見る表情に恐怖を覚えた。


「わんが目の前にいるのに余裕じゃん」


口唇がゆるりと弧を象ったのはいつもと変わらないのに、瞳から滲むオーラはいつも感じる裕次郎の暖かさとはいえない程遠かった。更に力を込められたのか両手首が悲鳴を上げている。痛い筈なのに痛いと素直に思えなかったのは、目の前の現実を受け入れることに精一杯だったからだろう。


『ゆ、裕次郎…なんで?』

「…ぬーがや?はなこは酷いさぁ…」


少し。ほんの少し瞳が哀しく揺れた気がした。刹那、上から降りかかるように唇に噛みつかれる。チクッとした痛みがジンジン広がったかと思えば、荒々しく咥内を犯すように蠢く裕次郎の熱と苦い鉄の味。


『ふっ…はぁ…!』


押し倒された状態ではろくな抵抗も出来ず、裕次郎の思うままに扱われる。何処までも熱を帯びた熱さに反して裕次郎が纏う空気だけはそこはかとなく冷たかった。…裕次郎の暖かさが其処にはない。


「…泣いてる?」


頬を伝う雫が裕次郎の頬をも濡らす。「はなこ…、」小さく零れた甘く掠れた音に鼓膜が犯される。止まらない涙腺は決壊中で理解できない気持ちが強いのに、気が付けば裕次郎の袖の端を必死で握りしめていた。


「どうしたら、わんを好きになってくれる…?」


“やーがしちゅん…”私の耳元でそう零す裕次郎に目眩が起きそうだ。どうして、なんで。最早その言葉しか浮かばない。どうしてもっと早く言ってくれなかったの。なんで今更好きだと言うの。…今更だよ、裕次郎。


「はなこ…、」


今更優しく名前を呼ばないで。先に裏切ったのは裕次郎だよ。喉の奥まで引っ掛かっている言葉は、裕次郎の唇で再度飲み込まれた。視線を投げた先には、全身鏡に映る私と裕次郎。私の首筋には無数の紅い華が散らされているのに、裕次郎を受け入れる事なんて出来ない。


「はなこしちゅん…」


嬉しいなんて、思っちゃいけないんだ。お互いがお互い受け入れてもらえないかもしれないのが怖くて想いを告げることなく違う人に逃げたのに、今更愛してもらいたいなんて虫が良すぎる。優しいあの人を傷付ける訳にはいかない。これは自業自得なんだから、裕次郎を好きだなんて思ってはいけない。


「はなこ、…かなさんど…」


ああ、このしがみついてる想いごと涙と一緒に流れてしまえばいいのに。





結果的には後の祭り
(だって、全部、最早今更なのだから)


20130205

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