『裕次郎!!』
いつもの防波堤の上で一人黄昏ていたのにズカズカと割り込んできた人影。あーアイツか。と思っていたら例も漏れずに間違いなくて、乾いた笑いが一つ零れる。わんと判った瞬間大きな声を張り上げて名前を呼ぶものだから、返事をするのすら躊躇われた。のに、当たり前のように隣に座るものだから最早何も言えない。
『何辛気臭い顔してんのー?』
「別に辛気臭くなんか…」
『いーや!してるよ。はなこさんは分かりますー』
底抜けに明るい笑顔は今のわんにはでーじ厳しい。それがはなこの笑顔なら尚更。…にも関わらず何処か暖かくなる気持ちがあるのは紛れもない事実で、そのことが尚更わんの気持ちを何処か遠いところに追いやられた気がした。
『で、どうしたの?何かあった?』
「やくとぅ何もないさー」
『ふーん…そっか』
伏せた瞼から覗いた瞳が揺れた気がした。でも次の瞬間にはいつものように笑っていて…はなこは知っているから敢えて触れない。それはわんが作った精一杯の強がりで、それを踏まえた上で触れてこないのははなこの優しさだと知っていた。其処まで知っていながら甘えてしまうのは、わんの弱さ以外の何物でもない。
『海綺麗だねー…沖縄で良かったよ』
「当たり前やし。うちなーの海が一番さぁ」
『確かに』
さっきとは打って変わって穏やかな笑顔。昔と変わらないにへら、とだらしなく笑う癖は変わっていないのに、気が付けば知らない顔が一つ二つと増えていた。…いつからそんな綺麗に笑えるようになったんさぁ。
「はなこ」
『んー?』
「永四郎に怒られるぞ。早く戻れ」
『いや、戻らない』
「ぬーんち?」
『じゃあ裕次郎は?』
「…わんは後で戻るさぁ」
『嘘。裕次郎がそういう表情するときは納得するまで戻らないよ』
見据えるように見る真っ直ぐな瞳が痛い。本当にどうしてこんなに分かるのだろう。普段は何も考えていないように笑っている癖に。
「…じゅんに…やーには適わんさぁー」
『裕次郎のことなら解るよ!』
人の変化の機微には敏いのに、その癖自分のことにはからっきし鈍感で。そんなはなこを守るのはわんの役目だと思っていたのに。
『さ、裕次郎戻ろ!怒られちゃう!』
あまりにも当たり前に差し出された右手に戸惑いを覚えたのは、何時の頃かのあの日の自分たちに重なったから。この複雑な想いが何一つなかった、あの幼い頃の自分たちに。あの頃は傍に居るのが当たり前だと信じて疑わなかったのに、今となっては傍にいれる理由を手探りしながら探している。
「わらばーやねーらん、手なんか要らねー」
『裕次郎は子供だよ』
「ふらー!んなことねーらん!」
『ほら!そんな所が子供っぽいよ!』
もっと早く自分の想いに気付いていたら、なんて今更な話で。この数十cmの距離を埋めるのはわんじゃない。その事実に辛くて痛みを覚えた理由は、はなこは一生知らなくて良い。何も知らないままただいつものように笑ってくれるなら、それでいい。
『じゃあ二人で永四郎に怒られよっか!』
よく知ったにへらと笑うはなこはやはり何処か抜けていて、でも愛おしさが止まらない。もう先がないこの想いの出口は決まっている。…ただ少しワガママが許されるならどうか今だけは想わせて。絶対最後の恋にしないと誓うから。
最後から2番目の恋
(コイツ以上の想いを抱ける人が出来たら、きっとでーじ幸せだろうな)
20130126