「あい?ぬーうなだれてる?」
うずくまるように机に身を預けていれば頭上から降りかかる聞き慣れた声。気怠いながらにも視線をやれば朝練を終えたばかりであろう甲斐くんと凛が二人仲良く肩を並べて立っていた。
『あ、おはよー…』
「おはよう。で、やーはぬーやんば?」
「裕次郎心配することないやっし。どうせ眠いとかそんなんだろ」
『…当たってるけど、なんか腹立つ…』
凛の見下し具合が非常に腹立たしくて仕方ない。ほれ見ろと言わんばかりの視線はいつもより二割り増しな憎たらしい笑顔をオプションとして携えている。いつもならこのまま凛のその頬を思いっ切りぎゅーって引っ張ってやるのに、今日はあまりにも眠くて行動を起こすことすら億劫で仕方ない。
「寝不足?」
『うん…夜中見たテレビが面白くて…』
寝ようと思っていた一時間前に付けたのが悪かったのだと思う。その時放送していたのが結構前のリバイバル映画だったのだが、コメディたっちのアクション映画で思いの外に面白く気が付けば引き込まれるように画面にかじり付いていた。
『自業自得なんだけどね…』
「当たり前やっし」
『凛は黙ってろ』
「おーまぶやーまぶやー」
ジロリと睨めば思ってもいないことを口にしながら凛はそのまま2列向こうの自席へと向かった。それと同時に私の前の席である甲斐君が席に着きながらも振り返る。
「じゅんに大丈夫か?」
『大丈夫、大丈夫〜ただ眠いだけだから』
「でも顔色、でーじ悪いさぁ」
『え、そんなに?』
「じゅんに」
甲斐くんがあまりにも真剣な顔をするものだから、鞄から一つ小さい手鏡を取り出す。低血圧の為いつも顔色が良い方ではないけれど、今日は一段と悪いようだ。原因は勿論一つしかないのだけれど。
『本当だ。睡眠不足って怖いねー…』
「やーぬことやんに、他人事過ぎやっし」
『まぁ理由が理由だからね…』
凛の態度は腹立たしいが自業自得であるには変わりない。今日一日みっちりと座学だったことを思い出し気分がげんなりとなる。午後一の授業は古典だった気がする。果たして板書は大丈夫だろうか…そんなことに思いを馳せていたら、甲斐くんが“うひぐゎー待ってろ”と言い残し席を立って何処かにいってしまった。あと10分で朝礼が始まるのにどうしたのだろう。
「これやるさぁ」
『え…、甲斐くん?』
5分も経たない内に戻ってきた甲斐くんの手には小さなペットボトルが一つ。左手に握られていた“ホットココア”と可愛くプリントされたものを私の机にポンと置き、再度「これやまだにやるさぁ」と零した。
『え、何で?』
「寝不足には甘いモンが良いんやっし」
『でも、私…』
「いーから、いーから」
戸惑う私に声を上げて笑う甲斐くん。 申し訳無い気持ちになりながらも気持ちを無碍には出来なくて、有り難く頂くことにした。
「やーが元気ないとわんが元気出ねーらん。元気なやまだが一番しちゅん。やくとぅ早く元気なって」
体温が一気に上昇、全身の血液が逆流した気がした。折角だからと一口飲んだにも関わらず、こんなことを言われてしまったらココアの味が分かるはずがない。
『(不意打ちにもほどがある…!)』
無意識って本当に怖い。言った当人は至極自然だ。取り敢えずニコニコ笑う甲斐くんはひとまず後にして、事の一部始終を見ていたであろう、ニマニマしながら様子を伺っている凛を、朝礼が終わり次第殴ることが先決だと思った。
ココアは甘さ控えめで
(無意識の甘さが一番怖い)
20130122