「はなこは財前くんの何処が好きなん?」
教室がガヤガヤとざわめく中、友人Aがそんなことを尋ねてきた。テニス部に興味がない彼女がそんなこと聞くなんて珍しい。質問の意図が読み取れないが平然としているので、ただの気分での質問と読み取って間違いはないと思う。
『何処がって、ぜんぶ?』
「アンタ、阿呆なん?」
語尾にハートが付きそうな勢いで答えてみたら、限りなく冷たい視線が返ってきて思わず苦笑い。恥を忍んで敢えてやってみたのだから、少しくらい乗ってやろうって親切心はないのか。私だって恥ずかしい。
『何でそんなん聞くん?』
「や、ただの気分やねんけどな」
『なんとなしに分かってた』
「でもさ、」
『うん?』
「………ぃ」
「先輩!!」
『うわっ!…って光やん』
「うわっ!やあらへんわ」
ぼーっとしていた矢先急に感じた大きな音に弾けるように反応を示せば、目の前には不機嫌色を全面に滲ませた光が聳え立っていた。
「何遍呼んだ思うてるんスか」
『ゴメン、ぼーっとしてた…』
「ぼーっとしてるんはいつものことやないんスか?」
呆れたように言い放つ光に反論を試みようと感じたものの、反論は受け付けませんと前もって釘を刺されてしまったものだから、お口は可愛らしくミッフィーちゃんだ。鞄とラケバを持っている辺り部活は終わったのだなと知った。気が付けば自身が身を置いていた図書室も辺りが閑散としている。結構な時間が経っているようだ。
「で、何考えてたんです?」
『え、私がぼーっとするんはいつものことやないん?』
「ぼーっとはいつもしてます。でも本を目の前に意識が飛ぶことはないんで」
先程の言動に軽く嫌みを添えてみたものの鮮やかに流された。それにしても冷静に判断を下す光は本当に凄いとしか思えない。私という人間をよく分かっていらっしゃる。
「で、何で意識飛ばしてたんです?」
『え、と…えー』
目の前のカウンターに当たり前のように腰を下ろした光。私と向かい合うように座った光は視線を真っ直ぐと此方に寄越してくる。そんな光にしどろもどろと言葉を濁す私。疚しいことでもしたんスか?とニヤニヤ聞いてくる光は本当に質が悪いとしか言いようがないと思う。
『疚しいことやないよ』
「ほな何なんです?」
『あんな、…光は私の何処が好きなんかなぁって…』
「は?」
『友達と話しとってそういう内容になってな?』
私が吐いた言葉を咀嚼しているのか眉根を寄せている。光の反応を見て思わず苦笑い。別に大したことを考えていた訳ではない。光の催促がなければ実際に口にしようとは思わなかった。…でもほんのちょっとだけ、胸の一番奥の方に埋まっていたものを何気なく友人に聞かれたものだから。光は年齢問わずにモテる。それなのにどうして、平々凡々の私と付き合っているのか…付き合った当初から感じていた疑問を掘り返してしまえば気になってきてしまうもので、だからといって幾ら考え込んだからといって答えが見つかるわけでもない。
『ひ、光…?』
「何アホなこと言うてるんスか」
『で、ですよね〜…』
眉間に刻まれた3本のシワが非常に恐ろしい。綺麗な顔の相乗効果を得て、恐ろしさが増している。呆れているのか怒っているのか…分かるのは光が無表情という事実だけだ。はなこ先輩、光が一つ零す言葉は私を萎縮させるには十二分な程の低さだった。どうやら光はご立腹のようで…私の方が年上なのに。
『ゴメン…』
「何で謝るんですか?」
『いや、嫌な想いさせたんかな思うて…』
「嫌な想いさせられましたよ」
『そんなはっきり言わんでも…!』
「いいえ、ここは言わせてもらいます」
急にグイッと光に右手を引っ張られ、両手で縦肘を付いていた私はあっさりと崩れ去り机に額をぶつけた。…わけではなかった。
『な、な、な…!////』
「どもりすぎですやん」
『だって光が耳を咬むから…!』
「そら腹立ちましたからね」
『やって…!』
「やってやないですから。ええですか、はなこ先輩…」
“俺ははなこ先輩が好きなんやから、先輩は俺だけ信じとけば良いんスよ”
そう耳元に響く音は何処までも甘く、私の思考を粉砕するには十二分な程の破壊力だった。かぁーっと顔に血液が集中するのが分かる。見上げれば超絶ドヤ顔の光がいて、今まで光から甘い言葉をもらったことがなかった私は、その余韻から立ち直ることが出来ない。
こんなことすら言ってのけることが出来る癖に、顔が私よりも真っ赤な光。言い慣れていない分恥ずかしいらしい。私の視線に気付いた瞬間左手で頬をググッと押されてしまい首が90°に向けられる。
「…頼むからそれ以上見んといてください」
私が思っている以上に私は光に愛されているらしい。疑問の紐が解けた瞬間、先ほどまで感じていた不安はどこか遠くに飛んでっちゃった。全く現金だと自分でも思うけど嬉しいものは仕方ない。
『私も光のことが大好きだよ』
「…当たり前です」
不器用で分かりづらい光の欠片を一つ残らず集めたい。この格好良くて可愛いこの人にはもう一生適わないと思いました。
欠片を拾い集めて
(キミを一つ見つける度に、きっと愛しいが止まらない)
20130111