きっと、きっと俺は知らなかった。こんなに左の臓器がざわめくことすら可笑しくて、今まで囁かれた甘美なる愛の言葉はただの陳腐な使い回された台詞だったのだと感じる程に。それほどまでに彼女の想いは純粋で幼いくらいに綺麗だった。


『     』


声にならない声でそっと囁くように紡いだのは隣のクラスのやまだはなこ。明るく元気で周りを盛り上げることに長けている、所謂ムードメーカー的存在であると彼女のことを認知していた。それだけの理由で彼女を認識する理由にはならないが、如何せんながら彼女は俺の親友こと忍足謙也の幼なじみで、必然的に顔を合わせば他愛もない言葉を交わしあう程度の関係はあった。


でも、こんな彼女は知らない。


授業は疾うに終わりを告げ、放課後を迎えている。昨日の試合の疲れが残っていたのか、俺の隣に身を置く謙也は午後の授業でうつらうつらと夢の中へ。HR後に幾度と無く謙也に呼び掛けたもののいつまで経っても目覚めない。委員会の時間まであと僅かだった為、眠る謙也をそのままに保健室へと足を運んだ。疲れているなら仕方ない。幸い今日の部活はオフだ。委員会が終わっても謙也が眠っていたならば今度は無理やりにでも起こそう、そう心に決めて。


夕暮れに染まりゆく3年2組の教室に二つの影。一つはやまださん、もう一つは机に顔を突っ伏している親友の姿。


もう一度、再度ゆっくりと唇が象る。小さくそっと、優しく慈しむように紡ぎ出されたのは自身がよく知っている言葉。毎日耳にすれば、自分自身でも紡ぐそんな当たり前で些細なもの。彼女が口にするのは正直ほとんど毎日と言っていいほど聞いているのに、二人から目を離すことが出来なかった。


俺が教室の外に黙って佇む理由なんて皆無に等しかった。何しとるん、早よ帰るで。そう一言告げ何事もなかったかのように踏み入れて、眠る親友を叩き起こせば良い、そう分かっているのに。


彼女の想いに気付かなかった訳ではない。自身も経験は人並みに積んできてはいるし、殊の外自分が敏い分類に属することも理解していた。だから彼女が持つ想いには気付いていたつもりだった。


『 謙也 』


彼女の声を鼓膜が捉えた。一音一音に溢れ出す想いの欠片は何処か拙くて、でも其処には謙也に向かう真っ直ぐな想いが確かにあって。
彼女が優しく語りかけた言葉は大切なものを慈しむようにそっと柔らかに空気を揺する。どの言葉を形容すれば良いのか分からなくなる程の愛しさを孕んだその音は純粋な程綺麗なモノだった。


(………い、なんて…)


愛を囁かれるのは俺にとって日常茶飯事のことなのに、こんな特別な想いは知らなかった。たった一言の彼自身の名前、それなのに哀しくなる程に伝わる彼女の想い。この光景はこの行為は何処か神聖なものにすら感じるほどに深い。今まで俺が受けてきた愛の言葉など何の価値もないただの言い回しにしか過ぎなかったのだと感じるほど、彼女が向ける謙也への想いは直向きで幼いものだった。


(羨ましい、なんて…)


トクン、と左の臓器が熱を持って高鳴る。こんな彼女は知らない、優しく垂れる目尻から零れる柔らかな視線に捕らわれたまま動けない。今まで感じたことのなかった熱が俺の体内を静かに熱く駆け巡る。ただただ純粋に羨ましいと感じた、彼女の想いを一心で受けている謙也が。


広がる熱が俺を侵食していく。この想いの名前は、きっとー…




愛、言葉
(彼女のその直向きなまでの想いが欲しい、)


20121124

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